
Artist
Caravaggio
Q153529, 1571–1610
作品(17)
The Fortune Teller
1594
Judith Beheading Holofernes
1599
Saint Jerome Writing
1607
The Incredulity of Saint Thomas
1601
Ecce Homo
1700
The Calling of Saint Matthew
1609
Nativity with Saint Francis and Saint Lawrence
1600
The Beheading of Saint John the Baptist
1608
Medusa
1597
Ecce Homo
1605
Bacchus
1598
Madonna and Child with Saint Anne
1605
Death of the Virgin
1604
Boy with a Basket of Fruit
1594
Crucifixion of Saint Peter
1600
The Entombment of Christ
1600
Conversion on the Way to Damascus
1600
年表
1584年、ミラノでシモーネ・ペテルツァーノに弟子入りしました。師はティツィアーノの弟子を自称しており、この時期にヴェネツィア派の色彩やロンバルディア地方の写実主義の基礎を学んだと考えられています。1
初期の名作『いかさま師』が、美術愛好家であった枢機卿フランチェスコ・マリア・デル・モンテの目に留まりました。彼の庇護を受けたことで、ローマの有力な収集家たちの間でカラヴァッジョの名声は一気に高まりました。1
1606年、乱闘の末にラヌッチョ・トマッソーニを殺害し、死刑宣告を受けました。この事件を機にローマを逃亡し、ナポリ、マルタ、シチリアを転々とする波乱に満ちた放浪の生活が始まりました。1
逃亡先のマルタでは聖ヨハネ騎士団に加わりましたが、ここでも暴力事件を起こして投獄され、脱獄してシチリアへ渡りました。晩年の作品は、死の影が漂うより暗く内省的な作風へと変化しています。1
1610年、教皇による恩赦を求めてローマへ戻る途上、38歳の若さで謎の死を遂げました。死因は熱病や殺人、鉛中毒など諸説ありますが、その最期は波乱に満ちた生涯を象徴するものとなりました。1
20世紀に入り、美術史家ベルネ=ジョフロワは「カラヴァッジョの仕事とともに、近代絵画が始まる」と評しました。長らく忘れられていた彼の革新性は、現代において西洋美術の重要な転換点として再評価されています。1