描かれているもの
逆さ十字を必死に持ち上げる3人の刑吏たちの顔は、鑑賞者から隠されています。これにより、彼らは個性のない「権力の道具」として描かれています。[1] 殉教するペテロは、老いた禿頭の老人として描かれながらも、その体は驚くほど筋肉質です。脆弱さと強靭さが同居する、生々しい肉体美が特徴です。[1] 十字架を持ち上げる作業は、不意の重さに戸惑うかのように無秩序で混沌として描かれています。神聖な殉教シーンを、泥臭い労働として表現しました。[1] 背景の闇はただの暗闇ではなく、実は岩壁です。これは、キリストが「岩(ペテロ)」の上に教会を建てると宣言した名前に引っかけた暗示です。[1]
技法と様式
契約書では「糸杉のパネル(板)」に描くよう指定されていましたが、実際に完成したのはキャンバス画でした。画家のこだわりか、何らかの変更があったようです。[1] 画面手前で十字架を支える男の足の裏は、泥で汚れたまま描かれています。聖なる場面に卑俗な現実を持ち込む、カラヴァッジョ特有のリアリズムです。[1]
背景と物語
契約時の報酬は400スクードでしたが、理由は不明ながら最終的な支払額は300スクードに減額されました。巨匠への支払いが値切られた謎が残ります。[1] 最初のバージョンは依頼主に拒絶され、サンネージオ枢機卿が買い取りました。現在教会にあるのは、カラヴァッジョが描き直した二作目です。[1] 拒絶された「幻の第一稿」は、1691年の記録を最後に歴史から姿を消しました。現在もその行方は分かっておらず、美術史上の大きな謎です。[1] 隣り合う祭壇画を描いたカッラッチとは宿命のライバルと噂されましたが、実際には互いに多忙で、対立していたという歴史的証拠はありません。[1]