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美術館展覧会
The Calling of Saint Matthew

The Calling of Saint Matthew

Caravaggio
Date1609
Departmentcanvas
SourceWikipedia
画像出典Wikimedia Commonsパブリックドメイン

この作品について

描かれているもの

マタイがどの人物かについては長年論争があります。髭の男が自分を指して「私ですか?」と驚いているのか、あるいは隣のうつむいた若者を「彼ですか?」と指差しているのか、意図的な曖昧さが残されています。[1] それまで少人数の肖像画を中心に描いていたカラヴァッジョにとって、本作は初めて多くの人物を配置した大規模な教会装飾でした。この成功が、彼のバロック巨匠としての地位を決定づけました。[1] マタイの候補とされる髭の男と、うつむく若者。どちらが聖人なのか断定できない構成は、救済が誰にでも、そして予期せぬ瞬間に訪れることを暗示しており、当時の宗教画としては極めて革新的でした。[1] アダムが神から命を授かったのに対し、本作のキリストはマタイに新しい命(召命)を授ける側として描かれています。手の形を引用しつつ、役割を逆転させている点が神学的なパラドックスとなっています。[1]

技法と様式

画面を斜めに切り裂く強烈な光は「テネブリズム」と呼ばれます。この光は単なる照明ではなく、収税吏という世俗の仕事にいたマタイに訪れた、神聖な「霊的目覚め」を物理的に表現したものです。[1]

背景と物語

この傑作は、400年以上前に設置されたローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の礼拝堂から一度も動かされていません。今も制作当時と同じ場所、同じ光の角度で鑑賞することができます。[1] 現教皇フランシスコは、青年時代にこの作品を何度も鑑賞しました。彼は、光に照らされた罪人マタイの姿に自分自身を重ね合わせ、「これこそが私だ」と深く共感したと語っています。[1] キリストの指先は、ミケランジェロの『アダムの創造』におけるアダムの手を鏡合わせにしたように描かれています。これはキリストを「第二のアダム」として表現する、同名の巨匠へのオマージュです。[1] この大仕事は、当初カラヴァッジョの元雇い主である人気画家チェーザリが受けていました。しかし彼が多忙を極めたため、パトロンの介入により、当時まだ無名に近かったカラヴァッジョに白羽の矢が立ちました。[1] 依頼主の枢機卿は、完成を見ることなく亡くなりました。彼の遺言には詳細な指示が残されており、死後10年以上経ってからようやくカラヴァッジョの手で実現したのです。[1]

Images courtesy of partner museums. All artworks are in the public domain.