
プルシアンブルー
金に並ぶ値がついていた青が、赤の作り損ないから生まれた合成顔料に置き換わるまで。北斎の波の青を拡大しながら、この色が世界を一周した三百年をたどります。

金に並ぶ値がついていた青が、赤の作り損ないから生まれた合成顔料に置き換わるまで。北斎の波の青を拡大しながら、この色が世界を一周した三百年をたどります。

独学の画家は、なぜ千代紙や楽譜や雑誌を選んだのか。「夢二式美人」と詩「宵待草」を、行く前に。

借地の牧師館に育ち、郵便局に間借りした男は、33歳で初めて自分の庭を得た。それから15年、耕すことと描くことはひとつだった。《ルバーブ》の背景にある物語。

東海道の宿場も、江戸の町も——広重が磨き続けた「視点と構図の発明」を、三大風景画シリーズでたどります。行く前に。

パリでクールベに学び、「前寛ばり」と呼ばれた筆致。夭折の洋画家の生涯を、行く前に。

夜になると発作が起きる喘息を、生涯抱えていた画家。夏至祭の火と、北斎に学んだ手摺りの木版画を、行く前に。

「神奈川沖浪裏」あの波の本当の主役は、じつは富士でした。二人の絵師の富士の見かたを、行く前に。

垂直に落ちる滝、うねる急流、穏やかな川面。一瞬も同じ形にとどまらない水を、北斎はその一瞬でつかまえました。『冨嶽三十六景』の名品が、日本浮世絵博物館に並びます。

睡蓮、ルーアン大聖堂、ロンドンの霧。移ろう一瞬の光をつかまえた「連作」の画家が、ポーラ美術館に並びます。没後100年、あたらしい目で。