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美術館展覧会

アストルップの庭——土地を持たなかった画家が、絵を生む庭をつくるまで

借地の牧師館に育ち、郵便局に間借りした男は、33歳で初めて自分の庭を得た。それから15年、耕すことと描くことはひとつだった。《ルバーブ》の背景にある物語。

「ニコライ・アストルップ 創造する庭」/2026-11-21 〜 2027-01-31

借りものの土地で

ノルウェー西部、山あいの湖のほとりに、ひとりの牧師の息子がいました。日曜日にはオールフスの教会で父の礼拝に出席することを求められ、17の歳から27になるまでのおよそ10年を、古い牧師館の家で過ごします。初期の絵は、みなこの家で生まれました。ただし、その土地は国有の借地。彼のものになることは、決してありませんでした。[6]

画家になってからも、土地のない暮らしはつづきます。実家の敷地では、取り壊しを待つだけだった古い貯蔵庫の増築部分に移り住んで制作の拠点にし、一時は郵便局の建物に間借りして、家事のいっさいを自分でこなしました。描く場所も、住む場所も、いつも借りもの。——アストルップの庭の話は、ここから始めなければ意味が通りません。[6]

33歳、はじめての土地

1913年。33歳のアストルップは、ヨルステルのサンダルストランドに移り住みます。そして1928年に47歳で亡くなるまでの15年間、この土地を自給自足の農園として——公式カタログの言葉を借りれば「ひとつの芸術作品」として——開墾していきました。[1]

エンゲルとともにテラスを築き、2、3頭の牛と数頭の羊、荷馬車を引く馬一頭を飼う。アルジェリアの旅で見たテーブルを自分の手で作り直して、暮らしのなかに置く。借りものの家を転々としてきた男が、ここでは土から家具まで、生活のすべてを自分の手でつくっていきます。[1,6]

庭が、絵を生みはじめる

そして庭は、ただの畑にとどまりませんでした。木々を剪定してトロールのようなかたちに整え、日本や英国の庭園に想を得た「グロット」と呼ぶ空間をつくる。さらに庭の中に決まった視点をいくつも定めて、そこから見える風景を描く——こうして生まれた絵は、約22点を数えます。この庭では、耕すことと描くことがひとつの営みでした。[1]

庭で、女性がルバーブを摘んでいます。かがみ込む背中、摘みとられた赤い茎の束、画面の手前いっぱいに広がる大きな葉。《ルバーブ》——原題は《ラバルブラ》。制作地として記録されているのは、育った村オールフス。1911年に始まり、サンダルストランドへの移住をまたいで、1921年まで10年にわたって手が入れられました。自分の庭を築いていくまさにその歳月に、庭の実りを摘む光景を描きつづけた——この一枚は、その証言のように見えます。[6,3]

庭でルバーブを摘む、ただそれだけの光景。庭仕事と絵とが分かちがたく結ばれた、彼らしい一枚です。
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ドラッグして、収穫されたルバーブの束や、白い花を咲かせた木を探してみてください。10年分の筆は、この画面のどこに重なっているのでしょう。

じつは、庭を描くことは自分の土地を得る前から始まっていました。1909年——サンダルストランドに移る4年前——の《庭の春の夜》が描くのは、オールフスの庭。木々に囲まれた黒い土の花壇と、その奥に広がるヨルステル湖です。そして自分の農園を得たあと、1925年の《ヨルステルの春》はサンダルストランドを描き、公式カタログが記録するモチーフには「農家・小道・庭・湖・木・小川」——暮らしの風景が、まるごと並びます。[6,4,5]

Spring night in the gardenSpring in Jølster
左:《Spring night in the garden》 (1909)Nikolai Astrup · ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
右:《Spring in Jølster》 (1925)Nikolai Astrup · ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
左:借りものの土地の庭(庭の春の夜・オールフス・1909)。右:自分の農園(ヨルステルの春・サンダルストランド・1925)。16年をへだてた二つの庭です。

庭師が植えたもの——絵の中の植物図鑑

彼が育て、描いたものを、拡大で見てみます。ルバーブもキツネノテブクロ(ジギタリス)も、あなたの庭や近所の花壇で育っているかもしれない植物です。これは絵のディテールであると同時に、ひとりの庭師が自分の土地に植え、選んだものの目録でもあります。

キツネノテブクロの花々
キツネノテブクロの花々公式カタログはこの花を、湖や森とならぶ《ジギタリス》の主要モチーフとして記録しています。[7]
手前の大きなルバーブの葉
手前の大きなルバーブの葉《ルバーブ》の主題そのもの。画面の手前いっぱいに広がります。[6]
収穫中のルバーブの茎
収穫中のルバーブの茎摘みとられる茎。10年の加筆は、この収穫の場面に注がれました。[3]
収穫されたルバーブの束
収穫されたルバーブの束
木の白い花
木の白い花
白樺の幹
白樺の幹
白い花を咲かせた木々
白い花を咲かせた木々

庭は動けない。絵が、旅をする

アストルップは1928年、47歳でこの世を去ります。庭はエンゲルが守りつづけ、1966年に彼女が亡くなったのちは、公立の美術館として公開されるようになりました。いまの名前は「アストルプトゥーネット」。そして作品目録の基礎となった1985年の学位論文には、こんな題がついています——『虹の下の庭師』。[1,6,2,8]

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アストルップが15年かけて開墾したサンダルストランドの農園。いまも谷に残っています。

ただし、その庭は谷から動くことができません。テラスも、トロールの木も、ノルウェーまで行かなければ見られない。けれど、庭から生まれた絵は旅をします。2026年の冬、日本ではじめての回顧展として、東京にやってくるのです。土地を持たなかった男が、自分の庭を築く歳月のあいだ描きつづけた、実りの赤。10年分の筆がこの画面のどこに重なっているのか——それを確かめられるのは、実物の前だけです。

その庭の実りが、目の前に掛かります。

会場で赤いルバーブの茎を見つけたら、それは、土地を持たなかった画家がようやく得た庭の、10年描きつづけられた実りです。

この記事で触れた作品

展覧会情報

展覧会ニコライ・アストルップ 創造する庭
会期2026年11月21日(土)〜2027年1月31日(日)
開館時間10:00〜18:00(金曜日は20:00まで) 入館は閉館の30分前まで
休館日月曜日(11月23日、1月11日、1月25日は開館)、11月24日、12月29日〜1月2日、1月12日
会場東京ステーションギャラリー
住所東京都千代田区丸の内1-9-1
出品ノルウェーから来日する油彩・木版画 約130点
主催東京ステーションギャラリー[公益財団法人東日本鉄道文化財団]、産経新聞社
特別協力DNB貯蓄銀行財団
企画協力コーデ・ベルゲン美術館
後援ノルウェー大使館
制作協力S2
公式サイト展覧会公式ページ

観覧料はまだ発表されていません。会期のあとは、ほかの会場への巡回が予定されています。