「モネの絵」と聞いて、まず思い浮かぶのは、水面に浮かぶ睡蓮ではないでしょうか。
あの静かな池の絵は、たしかにモネの代名詞です。でも、モネの本当の凄みは、じつは別のところにあったのかもしれません。同じ景色を、朝と昼と夕、晴れと霧――移ろう光のなかで、何枚も描き分けていく。「連作」と呼ばれるその試みこそ、モネという画家の核でした。二度と戻らない一瞬の光を、彼はキャンバスにつかまえようとしたのです。

まずは、その代名詞である睡蓮から。この《睡蓮の池》が描かれたのは、モネ最晩年の1919年。画面から地平線も空も消え、視点は水面だけに絞られています。私たちはいつのまにか、池の中へ引き込まれていく。水に映り込む空や周囲の木々までもが、繊細に描き込まれています。あとで触れますが、モネがこの池にたどり着くまでには、長い長い道のりがありました。4
印象派って、そもそも何だったのか
そもそも「印象派」という名前は、モネの一枚の絵から生まれました。1874年、モネは仲間たちとサロン(公式の展覧会)から独立した展覧会を開き、そこに《印象・日の出》を出品します。この絵の題名をとって、批評家が半ばからかい混じりに呼んだ「印象派」という言葉が、そのまま美術史に残る名称になったのです。12
では、印象派の画家たちは何を描こうとしたのでしょう。彼らが追ったのは、物そのものが持つ「固有の色」ではなく、日光やその反射によって刻々と変わる「印象」でした。モネは、絵具を混ぜずに素早い筆致で置いていく「筆触分割」という手法を確立し、画面に明るさと臨場感をもたらします。そのために、アトリエを出て戸外で描くことを大切にしました。12
モネという画家
モネ自身は、どんな人だったのでしょう。18歳のとき、風景画家ブーダンと出会ったことが、すべての始まりでした。ブーダンはモネを戸外へ連れ出し、陽光のもとで油絵を描くことを教えます。それまで似顔絵(カリカチュア)を描いていた少年は、ここで「光を見る目」を得たのです。1
そして1883年、モネはパリ近郊のジヴェルニーという村に移り住みます。ここで彼は、絵を描くだけでなく、描く対象そのものを自分の手で育てはじめました。花の庭、そして水の庭。のちに世界一有名になる睡蓮の池は、この土地で少しずつかたちを取っていきます。13
同じ対象を、光と時間で ― 連作という発明
ジヴェルニーに腰を落ち着けたモネは、1890年代から、ひとつの実験に本格的に取り組みます。同じモチーフを、光の条件を変えて何枚も描き分ける「連作」です。積みわら――ただの干し草の山を、朝と夕、夏と冬で描き分けたこのシリーズをきっかけに、モネは「一瞬の光そのもの」を主題にしていきました。1
その代表が、《ルーアン大聖堂》です。1892年から1894年にかけて、モネは大聖堂の向かいにある建物に部屋を借り、ほとんど同じ角度から、時間や季節、大気とともに移ろう光を追い続けました。作品数は、なんと30点にもおよびます。堅牢で不変に見える石の建物と、絶えず変化する光。その矛盾こそが、この連作の主題でした。5

モネは絵具を厚く塗り重ね、その表面は大聖堂の石壁そのもののように塗り固められています。1895年、画商デュラン=リュエルの画廊で開かれた個展で、この連作のうち20点が公開されました。仲間のピサロは、自分が求め続けてきた「素晴らしい統一性」をここに見出したと、息子への手紙に綴っています。5
光を追うモネは、やがて海を渡ります。ロンドンの国会議事堂。モネを惹きつけたのは、産業革命が生んだ都市の霧でした。彼はテムズ川を見下ろす聖トーマス病院の窓やテラスから、同じ視点を守りながら、一日の時間帯や気象条件を変えて議事堂を描き分けました。霧に溶けていく建物の輪郭は、大気の状態そのものを描こうとしたモネの関心を映しています。6

睡蓮 ― 最後にたどり着いた庭
積みわら、大聖堂、ロンドンの霧。移ろう光を追い続けたモネが、最後にたどり着いたのが、自分の庭の池でした。1893年、彼はジヴェルニーの自邸の南側の土地を買い増し、「水の庭」を造ります。これが、あの睡蓮連作の舞台となる池の始まりです。1899年から1900年の第一連作では、池に架かる日本風の橋が中心にありました。やがて橋は姿を消し、画面のすべてを水面が占めるようになっていきます。4
そして、冒頭で見たあの《睡蓮の池》。第一次世界大戦が終わった直後の1919年に描かれています。晩年のモネの筆は、形が色彩のなかに溶け込んでいくような、抽象に近い表現へと近づいていきました。この画面は、のちのポロックやロスコら抽象表現主義の画家たちにも、大きな影響を与えたと指摘されています。ひとつの庭の池が、20世紀の絵画の扉を開いたのです。4
あたらしい目で、光を追う
睡蓮、ルーアン大聖堂、ロンドンの議事堂。主題はばらばらでも、モネがつかまえようとしたものは、いつもひとつでした。二度と戻らない、その一瞬の光です。同じ景色が、光によってこれほど変わる――そのことに気づいた画家の目が、連作という試みには宿っています。
この夏、ポーラ美術館に、モネの三つの連作が並びます。モネ没後100年。移ろう光の連なりを前にしたとき、私たちの目も少しだけ変わるかもしれません。同じ景色を描き分けた画家の「あたらしい目」を、自分の目でたどってみる。その体験は、複製ではなかなか伝わりません。会場でしか確かめられないものが、ここにあります。



