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北斎はなぜ、「形のない水」を描けたのか

垂直に落ちる滝、うねる急流、穏やかな川面。一瞬も同じ形にとどまらない水を、北斎はその一瞬でつかまえました。

この記事は artible 編集部が独自に書いたもので、展覧会の主催者や美術館による公式の解説ではありません。

Kajikazawa in Kai Province (Koshu Kajikazawa), from the series "Thirty-six Views of Mount Fuji (Fugaku sanjurokkei)"
《Kajikazawa in Kai Province (Koshu Kajikazawa), from the series "Thirty-six Views of Mount Fuji (Fugaku sanjurokkei)"》 (c. 1830/33) — 葛飾北斎 · シカゴ美術館・パブリックドメイン

水には、決まった形がありません。垂直に落ち、岩に砕け、うねり、静かに流れていく。一瞬も同じ姿をとどめないのが、水というものです。

それなのに北斎は、その一瞬をつかまえました。落ちていく滝の白い筋、逆巻く急流のうねり、穏やかな川面をわたる小さな波。動いてやまないものを、彼はどうやって一枚の絵にとどめたのでしょうか。その答えのような水の名品を、たどってみます。

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《Kajikazawa in Kai Province (Koshu Kajikazawa), from the series "Thirty-six Views of Mount Fuji (Fugaku sanjurokkei)"》 (c. 1830/33) — 葛飾北斎 · シカゴ美術館・パブリックドメイン
岩から川へ身を乗り出す漁師と、その手の投網をたどってみてください。逆巻く急流の白い筋が、一本ずつ描き分けられています。

たとえばこの《甲州石班沢》。『冨嶽三十六景』のうちの一図で、山梨県富士川町の鰍沢付近――釜無川と笛吹川が合流して富士川へと変わる地点が描かれています。ここは舟運の拠点であると同時に、「兎の瀬」と呼ばれる川の難所でもありました。岩場に立つ漁師の足もとで、水は白い筋になって逆巻いています。あとで詳しく触れますが、北斎はこの「暴れる水」も、静かな水も、同じ目でとらえていました。[3]

北斎という画家

そもそも北斎とは、どんな画家だったのでしょう。彼が生涯で発表した作品は、じつに3万4千点を超えると言われます。人間の仕草から風景、動植物、自然現象、そして架空の生き物まで――この世のありとあらゆるもの、いわば森羅万象が、その画題になりました。水は、そのなかでもとりわけ北斎を惹きつけたモチーフのひとつです。[1]

その北斎の名を象徴するのが、富士山を主題にした版画集『冨嶽三十六景』です。1831年から1834年にかけて刊行され、「三十六景」の題ながら、後に「裏不二」10図が加えられて全46図になりました。水の名品の多くも、この揃物のなかにあります。富士を望む川、その手前に広がる水――北斎は富士と水と人の暮らしを、ひとつの画面に結び合わせました。[2]

激しい水 ― 滝と急流

まずは、最も激しい水から。北斎には『諸国瀧廻り』という、全国の滝を描いた揃物があります。そのうちの一図《下野黒髪山きりふりの滝》は、日光三名瀑のひとつ、霧降の滝を描いたものです。実際の滝は上下二段に分かれていますが、北斎は画面構成のうえで、左上に上滝、右上に下滝を配し、一枚のなかに二つの滝を収めました。[4]

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《諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝》 — 葛飾北斎 · ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
枝分かれして落ちていく白い水の筋を、上から下へたどってみてください。岩に当たって砕けるところで、藍と白が分かれます。

流れ落ちる水は、幾筋にも枝分かれし、まるで女性の黒髪のようなタッチで描かれています。これは、この山が男体山の別名「黒髪山」と呼ばれることから来た着想かもしれません。岩に当たって分裂する白と藍の水の筋、周囲の緑の木々、黄色い岩肌――鮮やかな色彩の対比で画面が組み立てられ、滝の水にはあの「ベロ藍」がふんだんに使われて、鮮烈な青をたたえています。下から上を見上げる構図には、中国の山水画の様式も取り入れられていました。[4]

北斎が描いた霧降の滝は、今も栃木県日光にあります。日光三名瀑のひとつです。

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滝が「落ちる水」なら、冒頭で見た《甲州石班沢》は「うねる水」です。舞台となる富士川の「兎の瀬」は川の難所として知られ、岩場から川へ身を乗り出す漁師の傍らには、子どもと籠まで描き込まれています。手にしているのは、魚を捕らえる投網だとされます。逆巻く急流の一筋一筋が、静かな水とはまるで違う描線でとらえられている――ここに、水を見分ける北斎の目が表れています。[3]

《甲州石班沢》に描かれた富士川の急流。山梨県富士川町の鰍沢付近です。

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静かな水 ― 川と暮らし

激しい水の対極に、穏やかな水があります。同じ『冨嶽三十六景』の《武州玉川》は、関東の一級河川・多摩川から望む富士山を描いた一図です。中央に豊かな水量をたたえた川が横たわり、その奥に、霞をはさんで富士山が高くそびえています。滝や急流の緊張はここにはなく、ただ静かに水が流れていきます。[5]

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《冨嶽三十六景 武州玉川》 — 葛飾北斎 · ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
水面の波の線を、一本ずつ見てください。同じ形の線はひとつもなく、すべて描き分けられています。

この絵の見どころは、水面の波です。波は線によって表されていますが、その一本一本が、すべて異なる形になるよう描き分けられている――静かな水面のわずかな揺らぎを、北斎は線の描き分けだけで表現しました。画面には人家がなく、土手で馬を引く男と、柴を積んだ船を操る船頭と乗員が描かれるばかりの、閑散とした風景です。川の手前側には「空摺」というごく繊細な技法が施され、これは初摺かそれに極めて近い作品にしか見られないものでした。[5]

《武州玉川》に描かれた多摩川。中流域の調布市近辺の渡船場を描いたものと推察されています。

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水の一瞬をつかまえた目

垂直に落ちる滝、逆巻く急流、静かにわたる川面の波。主題は違っても、北斎がとらえようとしたものは、いつもひとつでした。決まった形を持たず、一瞬も同じ姿にとどまらない「水」。その動いてやまないものの、たった一瞬を、彼は線と色でつかまえたのです。

滝の白い筋、急流のうねり、川面の小さな波――北斎の「水」は、そのどれもが一本ずつ描き分けられています。動いてやまないものを見つめ続けた、その目の細やかさが、一枚ごとに刻まれています。

この記事で触れた作品