水には、決まった形がありません。垂直に落ち、岩に砕け、うねり、静かに流れていく。一瞬も同じ姿をとどめないのが、水というものです。
それなのに北斎は、その一瞬をつかまえました。落ちていく滝の白い筋、逆巻く急流のうねり、穏やかな川面をわたる小さな波。動いてやまないものを、彼はどうやって一枚の絵にとどめたのでしょうか。この展覧会「水を描くー江戸の日常と豊かな表現」には、その答えのような水の名品が並びます。

たとえばこの《甲州石班沢》。『冨嶽三十六景』のうちの一図で、山梨県富士川町の鰍沢付近――釜無川と笛吹川が合流して富士川へと変わる地点が描かれています。ここは舟運の拠点であると同時に、「兎の瀬」と呼ばれる川の難所でもありました。岩場に立つ漁師の足もとで、水は白い筋になって逆巻いています。あとで詳しく触れますが、北斎はこの「暴れる水」も、静かな水も、同じ目でとらえていました。3
北斎という画家
そもそも北斎とは、どんな画家だったのでしょう。彼が生涯で発表した作品は、じつに3万4千点を超えると言われます。人間の仕草から風景、動植物、自然現象、そして架空の生き物まで――この世のありとあらゆるもの、いわば森羅万象が、その画題になりました。水は、そのなかでもとりわけ北斎を惹きつけたモチーフのひとつです。1
その北斎の名を象徴するのが、富士山を主題にした版画集『冨嶽三十六景』です。1831年から1834年にかけて刊行され、「三十六景」の題ながら、後に「裏不二」10図が加えられて全46図になりました。この展覧会に並ぶ水の名品の多くも、この揃物のなかにあります。富士を望む川、その手前に広がる水――北斎は富士と水と人の暮らしを、ひとつの画面に結び合わせました。2
激しい水 ― 滝と急流
まずは、最も激しい水から。北斎には『諸国瀧廻り』という、全国の滝を描いた揃物があります。そのうちの一図《下野黒髪山きりふりの滝》は、日光三名瀑のひとつ、霧降の滝を描いたものです。実際の滝は上下二段に分かれていますが、北斎は画面構成のうえで、左上に上滝、右上に下滝を配し、一枚のなかに二つの滝を収めました。4

流れ落ちる水は、幾筋にも枝分かれし、まるで女性の黒髪のようなタッチで描かれています。これは、この山が男体山の別名「黒髪山」と呼ばれることから来た着想かもしれません。岩に当たって分裂する白と藍の水の筋、周囲の緑の木々、黄色い岩肌――鮮やかな色彩の対比で画面が組み立てられ、滝の水にはあの「ベロ藍」がふんだんに使われて、鮮烈な青をたたえています。下から上を見上げる構図には、中国の山水画の様式も取り入れられていました。4
滝が「落ちる水」なら、冒頭で見た《甲州石班沢》は「うねる水」です。舞台となる富士川の「兎の瀬」は川の難所として知られ、岩場から川へ身を乗り出す漁師の傍らには、子どもと籠まで描き込まれています。手にしているのは、魚を捕らえる投網だとされます。逆巻く急流の一筋一筋が、静かな水とはまるで違う描線でとらえられている――ここに、水を見分ける北斎の目が表れています。3
静かな水 ― 川と暮らし
激しい水の対極に、穏やかな水があります。同じ『冨嶽三十六景』の《武州玉川》は、関東の一級河川・多摩川から望む富士山を描いた一図です。中央に豊かな水量をたたえた川が横たわり、その奥に、霞をはさんで富士山が高くそびえています。滝や急流の緊張はここにはなく、ただ静かに水が流れていきます。5

この絵の見どころは、水面の波です。波は線によって表されていますが、その一本一本が、すべて異なる形になるよう描き分けられている――静かな水面のわずかな揺らぎを、北斎は線の描き分けだけで表現しました。画面には人家がなく、土手で馬を引く男と、柴を積んだ船を操る船頭と乗員が描かれるばかりの、閑散とした風景です。川の手前側には「空摺」というごく繊細な技法が施され、これは初摺かそれに極めて近い作品にしか見られないものでした。5
水の一瞬をつかまえた目
垂直に落ちる滝、逆巻く急流、静かにわたる川面の波。主題は違っても、北斎がとらえようとしたものは、いつもひとつでした。決まった形を持たず、一瞬も同じ姿にとどまらない「水」。その動いてやまないものの、たった一瞬を、彼は線と色でつかまえたのです。
この夏、日本浮世絵博物館に、北斎の「水」の名品が並びます。滝の白い筋、急流のうねり、川面の小さな波――そのどれもが、一本ずつ描き分けられています。複製ではなかなか伝わらない、その筆の細やかさは、会場でしか確かめられません。北斎が水を見つめた目を、あなたの目でたどってみてください。



