
Artist
William Etty
作品(13)
Mademoiselle Rachel
1841
The Sirens and Ulysses
1837
The Wrestlers
1840
Candaules, King of Lydia, Shews his Wife by Stealth to Gyges, One of his Ministers, as She Goes to Bed
1830
Britomart Redeems Faire Amoret
1833
The Dawn of Love
1828
Preparing for a Fancy Dress Ball
1833
Youth on the Prow, and Pleasure at the Helm
1830
The Triumph of Cleopatra
1821
The Destroying Angel and Daemons of Evil Interrupting the Orgies of the Vicious and Intemperate
1832
The Combat: Woman Pleading for the Vanquished
1825
The World Before the Flood
1828
Allegory
年表
1787年ヨーク生まれ。12歳から7年間、ハルで印刷工の見習いとして過酷な労働に従事しました。この時期に独学で絵を描き続け、芸術家として生計を立てる可能性を見出したことが、彼のキャリアの原点となりました。1
1821年発表の『クレオパトラのキリキア到着』が大絶賛を浴び、一躍有名になりました。この成功により、歴史的な場面に裸体像を配する独自のスタイルを確立し、英国における裸体画の先駆者としての地位を固めました。1
裸体画を専門としたことで「不道徳」との批判を浴び、物議を醸す存在でした。しかし、芸術的評価と商業的成功を両立させ、1828年には当時の芸術家にとって最高の名誉であるロイヤル・アカデミー正会員に選出されました。1
1830年代には、より収益性の高い肖像画や、英国人画家としては先駆的な本格的「静物画」の分野にも進出しました。歴史画の衰退という時代背景の中で、彼は多様なジャンルでその才能を発揮し続けました。1
極めて内気な性格で生涯独身を通し、姪のベッツィと暮らしました。厳格なメソジストとして育ちましたが、カトリック教会の美学に強く惹かれ、当時の重要なカトリック建築の開堂式に参列するなど独自の信仰心を持っていました。1
1848年に健康悪化のため故郷ヨークへ引退し、翌年、大規模な回顧展の直後に62歳で没しました。死後、作品の価値は一時的に高騰しましたが、時代の好みの変化とともに19世紀末には急速に忘れ去られていきました。1
20世紀を通じて知名度が低迷していましたが、2001年のテート・ブリテンでの展覧会や、2010年の代表作『セイレーンとユリシーズ』の修復を機に、ヴィクトリア朝を代表する裸体画家として再評価が進みました。1