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北斎が70代で手がけた『富嶽三十六景』。江戸の庶民文化が花開いたこの時代、富士山を主題に日本各地の風景と人々の営みを描いた全46図は、浮世絵版画の頂点のひとつとして今も輝き続けています。1 舞台は現在の山梨県、富士川が激流をなす難所・鰍沢です。川の荒々しさは、単なる背景ではありません。当時ここは舟運の要所であり、自然の猛威と隣り合わせで生きる人々の場所でした。2,3 その激流に立ち向かうように、漁師が力強く網を引いています。初摺では「ベロ藍」と呼ばれた化学染料による藍一色で刷られ、冷たく張り詰めた空気感を深い青の濃淡だけで表現しました。4 突き出した岩場と網の線が、遠景の富士山の斜面と呼応し、画面に大きな三角形を生み出しています。5 静かにそびえる富士山は、激しく動く川面と鋭い対比をなします。一瞬の労働と永遠の山。北斎はその緊張の中に、人と自然が共鳴する宇宙的な広がりを封じ込めました。6
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