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Vittore Carpaccio

Artist

Vittore Carpaccio

作品(2)

年表

1460

1460年頃、ヴェネツィアの毛皮職人の息子として誕生。一族はマッツォルボ島出身で、初期作品には方言の姓「スカルパッツァ」と署名していました。1648年の伝記で現在の「カルパッチョ」の名が定着しました。1

1490

1490年、代表作となる連作『聖ウルスラ物語』の制作を開始。この大規模な物語サイクルは、彼を物語構成と光の表現に優れた画家としてヴェネツィアで一躍有名にし、その後のキャリアの転機となりました。1

1494

『リアルト橋の十字架遺物の奇跡』に代表される大規模な都市景観図で知られています。当時のヴェネツィアの富と繁栄、そして市民の誇りを生き生きと描き出し、当時の都市の様子を伝える貴重な資料となっています。1

1501

1501年から1507年にかけて、ジョヴァンニ・ベリーニと共にドゥカーレ宮殿の大評議会の間の装飾に従事しました。しかし、これらの重要な作品群は1577年の火災によってすべて失われてしまいました。1

1502

1502年作『書斎の聖アウグスティヌス』は、当時の収集文化を反映しています。室内にはエトルリアの壺やイスラム圏の燭台が描かれ、ルネサンス期の知識人が抱いた異国への関心の高さを示しています。1

St. Augustine in His Study
1510

1510年頃には、その作風は保守的と見なされるようになりました。人文主義の影響を受けた同時代のジョルジョーネらと比較され、当時の流行からは外れていきましたが、独自の幻想的な世界観を保ち続けました。1

1510年以前は主にヴェネツィアの宗教団体(スクオーラ)からの依頼で大規模な連作を手掛けていましたが、それ以降は個人のパトロンからの依頼による祭壇画や単体作品の制作が中心となりました。1

1525

1525年頃にヴェネツィアで没しました。同時代のジョヴァンニ・ベリーニらに比べると英語圏での研究は少ないものの、ヴェネツィア派初期の巨匠として、その物語画は美術史において重要な位置を占めています。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org