第5章 ・ 読む
世紀末の転回 — 風景と曖昧さ
きっぱりした線が、そっと空へとほどけていきます。

この章の最後に見つめるのは、ヴァロットンという画家自身の「変わり方」です。木版画の白と黒で名を知られた彼ですが、実は一九〇〇年より前、彼はまったく違うことに情熱を注いでいました。目の前にある世界を、寸分たがわず写しとること。対象の形も色も、忠実に再現する画家だったのです。
ところが十九世紀が二十世紀へと切り替わる、ちょうどその境目の時期に、彼の制作スタイルは静かに、しかし確かに転回していきます。ここで見る、板に描かれた油彩画『トウモロコシ畑』は、まさにその転回の証人です。
画面をよく見てください。手前に広がる緑の草木は、一本一本の輪郭がくっきりと分かれてはいません。葉と葉、茎と茎が、互いに溶け合うように描かれています。以前の彼なら、きっと一枚一枚をきちんと描き分けていたはずです。
さらに奥へ目をやると、地平線は丘とも雲ともつかない、単純な曲線でなぞられています。その線は途中で途切れることなく、そのまま空の色の中へとすっと消えていきます。「ここまでが地面、ここからが空」という境界線を、画家はあえて曖昧にしているのです。
正確さを手放し、曖昧さを受け入れる――この小さな変化は、彼が晩年に取り組むことになる、記憶と想像だけを頼りに風景を組み立てる「合成風景画」への入り口でした。世紀の変わり目という時代の節目に、画家自身の中でも、何かがそっと切り替わっていたのかもしれません。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.1900年以前、この芸術家は周囲の世界を正確に再現することに専念していた。The Cleveland Museum of Art
- 2.19世紀から20世紀への世紀の変わり目が、彼の制作スタイルの転換期となった。The Cleveland Museum of Art
- 3.この作品に示されているように、ヴァロットンの作品には曖昧さの兆候が表れている。The Cleveland Museum of Art
- 4.画面内の緑の草木は、個別の境界を持たず、互いに溶け合うように描かれている。The Cleveland Museum of Art
- 5.遠くの地平線は、丘や雲を表現する単純な曲線によって描写されている。The Cleveland Museum of Art