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まとめ — ヴァロットンとは、何だったのか
五つの入り口がそろえば、もう自分の言葉で語れます。
五つの入り口を通って見えてきたものを、束ね直してみましょう。ヴァロットンはまず、廃れていた木版画を芸術としてよみがえらせ、白と黒だけのコントラストで模様や奥行き、形を暗示する、きっぱりとした画面を作りあげました。その構図は、日本の浮世絵に学んだ平らな空間や大胆な余白に支えられています。彼が見つめたのは、近代都市パリの群衆と、そこに生きるブルジョワジーの暮らし。しばしば皮肉をこめ、群衆の心理に目をこらしました。閉じた室内に入れば、たった一つの燭台の光と暗い部屋の対比で、人びとの個性までも描き分けます。そして世紀の変わり目には、正確な再現から、輪郭をゆるめ曖昧さを受け入れる風景へと、静かに向きを変えていきました。
スイスに生まれ、パリでナビ派の画家たちと交わり、木版画で名をあげたヴァロットン。その頑とした雰囲気と乾いた色彩は、のちの新即物主義を先取りするものだったとも言われます。画家であると同時に、戯曲や小説も書いた多才な人でもありました。一言でいえば、ヴァロットンとは——白と黒で近代の人間を見つめた、木版画の革新者。もう、あなた自身の言葉で語れるはずです。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(10)
- 1.スイス出身の画家であり、グラフィック・アーティストとしても活動した。特に現代木版画の発展において重要な役割を果たした人物として知られている。Wikipedia
- 2.1882年にパリへ渡り、アカデミー・ジュリアンでジュール・ジョゼフ・ルフェーブルとギュスターヴ・ブーランジェに師事して美術を学んだ。Wikipedia
- 3.ルーヴル美術館でホルバイン、デューラー、アングルといった巨匠たちの作品に魅了され、彼らの作風はヴァロットンの一生涯の手本となった。Wikipedia
- 4.1890年代、それまで複製技術に過ぎなかった木版画を芸術表現として復活させ、その分野のリーダーとしての高い評価を確立した。Wikipedia
- 5.木版画のスタイルは、黒の大きな塊と白の面画が特徴で、浮世絵などの日本美術の影響を受けつつ、伝統的な立体感表現を排除した。Wikipedia
- 6.ナビ派時代やアヴァンギャルドと交流した時期の絵画は、フラットな色面やハード・エッジなど、自身の木版画の技法を反映したスタイルであった。Wikipedia
- 7.彼の作品の頑固な雰囲気や乾燥した色彩は、1920年代のドイツで全盛となる新即物主義を予見させる先駆的な性質を持っていた。Wikipedia
- 8.晩年は静物画や、写生ではなくアトリエで記憶と想像を基に描く「合成風景画」と呼ばれる独自の風景画の創作に力を注いだ。Wikipedia
- 9.画家としての活動以外にも、8つの戯曲や3冊の小説を執筆するなど、文学の分野においても多才な表現活動を行っていた。Wikipedia
- 10.1925年、ガンの手術を受けた後にパリで死去した。亡くなったのは60歳の誕生日の翌日という、節目の時期であった。Wikipedia