



はじめに ・ 読む
はじめに — そもそもヴァロットンとは
作品の前に、まず絵が生まれた時代と人をのぞいてみましょう。
「ヴァロットン」という名前は、あまり聞き慣れないかもしれません。フェリックス・ヴァロットンは、いまから百数十年ほど前に生きた画家です。生まれたのはスイスで、一八六五年のこと。二十歳前の一八八二年、絵の道を志してパリへ渡りました。パリの私立美術学校アカデミー・ジュリアンで、ルフェーブルとブーランジェという先生に師事して美術を学びます。またルーヴル美術館では、ホルバインやデューラー、アングルといった昔の巨匠の作品に心をうばわれ、彼らの正確な描写は生涯の手本となりました。
ヴァロットンの名を一躍知らしめたのは、絵画よりもむしろ木版画でした。木の板を彫ってインクをのせ、紙に刷る——それが木版画です。この技法はかつて廃れていましたが、一八九〇年代、ヴァロットンはこれを芸術としてよみがえらせ、その第一人者として高い評価を得ます。むらのない黒の大きな面と、階調のない白の面。日本の浮世絵に学びながら、立体感を思わせる陰影をあえて捨てた、きっぱりとしたスタイルでした。
この頃のパリでは、若い前衛画家たちが「ナビ派」というグループを作り、平らな色面や装飾性を重んじる新しい絵を模索していました。ヴァロットンもその一員として交わり、油彩でも木版画ゆずりの平らな色面とくっきりした輪郭を用います。画家としてだけでなく、戯曲や小説も書いた多才な人でした。晩年は静物画や、記憶と想像から組み立てる独自の風景画に力をそそぎ、一九二五年、六十歳の誕生日の翌日にパリで亡くなります。
そのきっぱりとした世界を、木版画の復権、大胆な構図と余白、群衆とブルジョワへのまなざし、室内の光と闇、そして世紀末の転回——五つの入り口からのぞいていきましょう。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(10)
- 1.スイス出身の画家であり、グラフィック・アーティストとしても活動した。特に現代木版画の発展において重要な役割を果たした人物として知られている。Wikipedia
- 2.1882年にパリへ渡り、アカデミー・ジュリアンでジュール・ジョゼフ・ルフェーブルとギュスターヴ・ブーランジェに師事して美術を学んだ。Wikipedia
- 3.ルーヴル美術館でホルバイン、デューラー、アングルといった巨匠たちの作品に魅了され、彼らの作風はヴァロットンの一生涯の手本となった。Wikipedia
- 4.1890年代、それまで複製技術に過ぎなかった木版画を芸術表現として復活させ、その分野のリーダーとしての高い評価を確立した。Wikipedia
- 5.木版画のスタイルは、黒の大きな塊と白の面画が特徴で、浮世絵などの日本美術の影響を受けつつ、伝統的な立体感表現を排除した。Wikipedia
- 6.ナビ派時代やアヴァンギャルドと交流した時期の絵画は、フラットな色面やハード・エッジなど、自身の木版画の技法を反映したスタイルであった。Wikipedia
- 7.彼の作品の頑固な雰囲気や乾燥した色彩は、1920年代のドイツで全盛となる新即物主義を予見させる先駆的な性質を持っていた。Wikipedia
- 8.晩年は静物画や、写生ではなくアトリエで記憶と想像を基に描く「合成風景画」と呼ばれる独自の風景画の創作に力を注いだ。Wikipedia
- 9.画家としての活動以外にも、8つの戯曲や3冊の小説を執筆するなど、文学の分野においても多才な表現活動を行っていた。Wikipedia
- 10.1925年、ガンの手術を受けた後にパリで死去した。亡くなったのは60歳の誕生日の翌日という、節目の時期であった。Wikipedia