第5章 ・ 読む
名もなき人を描く — トローニーの眼差し
名もなき老人の顔にも、王侯と同じ手間を。

レンブラントは、身分の高い依頼主だけでなく、名もなき人びとの顔にも、変わらず真剣な目を注いだ画家でした。今日ご紹介する『金の鎖をつけた老人』は、そのまなざしがよく表れた一枚です。
この作品は、トローニーと呼ばれる種類の絵です。トローニーとは、特定の誰かからの注文でつくられる肖像画ではなく、劇的な照明や風変わりな衣装をまとわせて、人物の性格や表情そのものを描き出す習作のこと。レンブラントは仲間の画家とともに、この形式を確立しました。肖像画よりずっと手頃な値段で買える絵として、当時の絵画市場に新しい選択肢を生み出したのです。
描かれている老人は、鋼鉄の喉当てと金の鎖、羽根飾りのついたベレー帽を身にまとっています。

金の鎖をつけた老人
細部
伝統的には「レンブラントの父」と呼ばれてきた人物ですが、近年の研究では、実は救貧院の管理人だった可能性も指摘されています。つまり、位の高い誰かではなく、街のどこにでもいそうな一人の男性かもしれない、ということです。
ここで注目したいのは、トローニーは注文肖像画より安価な絵だったにもかかわらず、レンブラントがそこに一切手を抜かなかったという事実です。深く刻まれた顔の皺を見てください。

深く刻まれた皺のある顔
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目の下のたるみ、頬に寄る影の一本一本まで、まるで本物の人生の重みが刻まれているかのようです。喉当てや鎖には、光をきらめかせるハイライトが丁寧に置かれています。

装飾的な金の鎖
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そして老人が向ける、どこか物憂げな眼差し。

物憂げな眼差し
細部
この目に、レンブラントは技術のすべてを注ぎ込みました。安い絵だから手を抜く、という考えは、彼にはなかったのです。
ちなみに、この装飾的な金の鎖は、レンブラントの複数の作品に繰り返し登場します。おそらく彼が自分のアトリエに実際に持っていた小道具だったのでしょう。当時活躍した画家の中には、王室から金の鎖を贈られて名誉を得た者もいましたが、レンブラントにそうした記録はありません。つまりこの鎖は、栄誉の証ではなく、絵の中で人物を輝かせるための、画家自身の工夫だったのです。
身分の高い誰かでなくとも、丁寧に見つめれば、そこに一つの人生が浮かび上がる。レンブラントが生涯かけて描き続けたのは、そうしたありふれた人間への、静かで深いまなざしだったのかもしれません。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.本作は鋼鉄の喉当て、金の鎖、羽根飾りの付いたベレー帽を身に纏った人物を描いた「トローニー」と呼ばれる性格描写の作品である。Art Institute of Chicago
- 2.レンブラントとヤン・リーフェンスは、肖像画よりも手頃な価格で購入できる代替品として、トローニーという形式を確立した。Art Institute of Chicago
- 3.描かれた老人は伝統的に「レンブラントの父」と呼ばれてきたが、近年の研究ではライデンの救貧院の管理人であった可能性が示唆されている。Art Institute of Chicago
- 4.劇的な照明、風変わりな衣装、ダイナミックなポーズといった大胆な視覚的要素を導入することで、作品の魅力を高めている。Art Institute of Chicago
- 5.トローニーは注文による肖像画よりも安価であったが、レンブラントはそれらに対しても同等の高い技術を注ぎ込んで制作した。Art Institute of Chicago