第3章 ・ 読む
自分を描き続ける — 自画像と内面
鏡の中の自分を、一生かけて見つめ続けた人。

レンブラントという画家を語るとき、欠かせないのが「自画像」です。彼は生涯で四十点以上もの自分の顔を描き続けました。これは単なる記録ではありません。若い頃の自信に満ちた表情も、晩年の疲れきった顔も、そのときどきの内面をそのまま映す鏡のようなものでした。いわば「親密な自叙伝」を、絵筆で綴り続けたと言えるでしょう。
今回ご紹介する『ゼウクシスとしての自画像』は、その自叙伝の最終章にあたる一枚です。死の数年前、老いて衰えていく自分自身を、古代ギリシャの画家ゼウクシスに重ねて描きました。ゼウクシスには「醜い老婆を描きながら、あまりのおかしさに笑い死にした」という奇妙な伝説が伝わっています。レンブラントはこの伝説の主人公を自ら演じ、笑う自分の姿を描いたのです。死を目前にしてなお、自分自身を笑いのめすようなユーモアには、驚かされます。
なぜ笑っているのか、実は長年、美術史上の謎とされてきました。手がかりとなったのが、画面の片隅、影の中に沈むように描かれた「醜い老婆」の存在です。大きな鼻と突き出た顎を持つこの女性が確認されたことで、これがゼウクシスの物語だと確定したのです。
内面の探求という点で見逃せないのが、筆の跡そのものです。X線調査によれば、当初は絵筆を持つ手も描かれていたそうですが、最終的には消されました。道具を持つ動作よりも、「笑い」という感情のほとばしりそのものを描くことを、彼は選んだのです。さらに左の眉の一部には、筆ではなく指で直接絵具を押しつけた跡が残っています。完璧な仕上げよりも、生々しい感情の勢いを画面に刻みつけたかったのでしょう。当時流行していた、なめらかで理想化された美への反抗でもありました。老いてシワだらけになった肌も、荒々しい筆致も、隠さずさらけ出す。それこそが、レンブラントにとっての「本当の自分」を描くということだったのかもしれません。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.生涯で40点以上の自画像を残したレンブラントですが、本作はその最晩年の1枚。死の数年前に「笑い死に」を演じるという、逆説的でスキャンダラスな死生観が表現されています。Wikipedia
- 2.古代ギリシャの画家ゼウクシスが「醜い老婆を描きながら笑い死にした」という奇妙な伝説を、晩年のレンブラントが自画像として再現。死を目前にした自嘲的なユーモアが漂います。Wikipedia
- 3.当時流行していた「理想美」を追求する古典主義への反抗として、あえてシワだらけの肌や荒々しい筆致を強調。美化を拒み、人間のありのままの醜さと生命力を突きつけました。Wikipedia
- 4.筆だけでなく、左眉の一部には「指」を使って直接絵具を塗った跡が残っています。完璧な描写よりも、感情の勢いや質感を優先したレンブラントの実験的な姿勢が伺えます。Wikipedia
- 5.X線調査により、当初は筆を持つ手が描かれていたことが判明。完成版ではあえて道具を隠し、制作の動作よりも「笑い」という感情の表出そのものに焦点を絞ったことがわかります。Wikipedia