第5章 ・ 読む
運動を支えた人 — つなぎとめ、育てる
絵を描くだけでなく、仲間をつなぎとめた人でした。

この章では、絵筆をふるう画家としてだけでなく、仲間たちを支えつづけた「人としてのピサロ」に光を当ててみましょう。
印象派の画家たちは、最初はひとつの志のもとに集まりましたが、やがてめいめいが自分なりの表現を追い求めるようになり、グループはたびたび分裂の危機に見舞われました。そんなとき、年長者として頼りにされたのがピサロです。彼は若い画家たちにとって精神的なよりどころであり、のちに大きく花開くセザンヌやゴーギャンにとっては、絵の手ほどきをする師でもありました。
なにより注目したいのは、1874年の第1回から、最後となる第8回まで、全8回開催された印象派展のすべてに出品しつづけた画家が、ピサロただひとりだったという事実です。仲間内で意見がぶつかり合っても、彼だけはグループをつなぎとめ、その運営に力を尽くしました。まさに、印象派という運動を根っこで支えつづけた人だったのです。
ここに見る一枚も、そうした時期に描かれたものです。舞台は、ピサロが1872年から暮らしたポントワーズ近郊の村エルミタージュ。木漏れ日の差す森の奥で、ひとりの男性が静かに眠っています。この絵を描いていたころ、ピサロは絵がなかなか売れず、ひどく貧しい暮らしを送っていました。それでも彼は制作の手を止めず、1879年に開かれた第4回印象派展へ、この絵を送り出したのです。
技法にも、彼の粘り強さがあらわれています。パレットにのせる色を純色に限り、対角線状に規則正しく筆を運んでいくその描き方を、ピサロ自身は「編み物」にたとえました。一針一針を編むように、絵の具を画面に積み重ねていく――そんな地道な作業のくり返しこそ、派手さはなくとも運動をずっと下支えしてきたピサロという人そのものを表しているように思えます。仲間の輪をほどけさせず、静かに、しかし確かに編み続けた手。それが、カミーユ・ピサロという画家の、もうひとつの顔なのです。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(1)
- 1.このキャンバス画は、1879年に開催された第4回印象派展に出品された。The Cleveland Museum of Art