日常へ旅するにゃ
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日常へ旅するにゃ
我輩がこの絵の前で昼寝していた時に気づいたのだが、青い壁の湿った空気まで塗りこめてあるにゃ。椅子に沈む母の群青は面で区切られ、輪郭が硬いにゃ。膝の裸の子の肌は蜜色、脇の子は猫を抱き、毛並みの温度が伝わるにゃ。1901年、ゴーギャンがタヒチ再訪で学んだクロワゾニスムの平面が、家族の静けさを封じたにゃ。
次の部屋は急に冷え、空気が絹みたいに滑るにゃ。赤い服の少年が真ん中で止まり、白い帯が腹を締め、影のない灰色の背景が彼を浮かせるにゃ。目は大きく、笑わぬ口元が大人の都合を嗅いでいるにゃ。足元の猫は毛を逆立て、檻の鳥と緊張の糸を結ぶにゃ。アルタミラ伯爵の依頼で描かれた一枚、110×80cmの舞台で人間どもは無邪気を演じるにゃ。
我輩は高い桟の上が好きで、この版画の猫に肩入れするにゃ。室内は黒と藍の床に花模様、格子の向こうに夕の空がすっと抜けるにゃ。窓辺の白い猫は背を丸め、外の祭の気配を耳で測るにゃ。遠くの富士は淡く、小さく、しかし視線の錨だにゃ。1857年、広重は仏門に入り翌年逝く直前まで、北斎の選ぶ景の胆力を借りて、日常の縁側を宇宙へ開けたにゃ。さて、外を眺める我輩らは何を待つのかにゃ。