土地を持たなかった画家が、絵を生む庭をつくるまで
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土地を持たなかった画家が、絵を生む庭をつくるまで
ノルウェーの谷に、自分の土地を持たない牧師の息子がいた。借りものの庭を夜まで描き、ルバーブの収穫に10年筆を入れつづけ、33歳でようやく得た斜面を「ひとつの芸術作品」として開墾していく——研究者が『虹の下の庭師』と呼んだ画家、ニコライ・アストルップ。借りものの庭から自分の農園まで、16年をへだてた三枚の庭を、二人でめぐる。
少し冷えてきましたね。温かい飲み物を用意して、ゆっくりお話しできればと思っていました。いいですね。静かな夜にふさわしい、ある一人の画家の歩みを今日は一緒に辿りましょう。前に舞台裏や働く人の日常を追った、あの鋭い「眼」を持つ画家の話をしたのを覚えています。今回はどんな眼に出会えるんでしょう。今回は、土地を耕すことと描くことが分かちがたく結びついた、ニコライ・アストルップという人の眼を追います。耕すことと描くこと。それは、彼にとって庭そのものが作品だったということでしょうか?そう読めますね。土地を持たなかった男が、初めて得た土地を自ら開墾し、そこを絵を生みつづける装置へと変えていった。その軌跡を歩いてみましょう。
夜の庭なのに、どこか温かみを感じますね。でも、手前の地面が驚くほど黒く、重く描かれているのが気になります。この黒い土の花壇は、彼が育った牧師館の村にあるものです。当時の彼は自分の土地を持たず、国有の借地や間借りで暮らしていました。自分の土地ではないのに、これほどまでに丹念に、夜遅くまで土を見つめていたんですね。なぜ彼は「夜」の庭を描こうとしたのでしょう。月明かりに照らされた春の夜の静寂が、土の生命力を際立たせているように見えます。背景の湖に映る光も、どこか幻想的ですね。幻想的ですが、描かれているのはごく身近な、借りものの庭ですよね。彼にとって、この景色は「いつか失うもの」だったのでしょうか?記録ではこの4年後に別の場所へ移り住むことになります。自分の庭への強い渇望が、この黒い土への執着に現れているようにも読めますね。渇望、ですか。その思いが、次の場所でどう変化していくのか、気になります。
わあ、大きな葉っぱ。ルバーブですね。前の夜の絵とは打って変わって、収穫の喜びが溢れているように見えます。この絵は1911年に描き始められ、1921年まで、実に10年もの歳月をかけて加筆されつづけた一枚なんです。10年も。一瞬の収穫の光景を、なぜそれほど長く手元に置いて描きつづける必要があったんでしょうか。その10年の間に、彼は念願だった自分の土地、サンダルストランドへと移り住んでいます。生活が大きく変わる時期をまたいでいるんです。生活の変化をこの一枚がずっと見守っていた、ということですね。では、描かれているこの庭は、前の「借りものの庭」とは別の場所なんですか?制作地は以前と同じ村の記録がありますが、彼が自給自足の農園を築いていく歳月の、いわば「証言」のような絵だとも読めます。自分の手で実りを手にする実感が、10年かけて塗り重ねられていったのかもしれませんね。そしてついに、彼自身の農園へと辿り着くのですね。
空に向かって伸びる大きな木が印象的です。これまでの庭よりも、ずっと力強くて、家や山との一体感を感じます。ここはサンダルストランド。アストルップが自ら築き、亡くなるまで開墾しつづけた、彼自身の農園であり芸術作品です。「芸術作品としての農園」ですか。この前景にいる小さな人は、彼自身や家族なのでしょうか?妻のエンゲルと共にテラスを築き、木々を不思議なかたちに整え、庭の中に自分たちの理想郷をつくりあげていきました。ただ描くだけでなく、まず土地そのものをかたち作り、それをまた描く。彼にとって、描くことと耕すことは、もう区別がつかないものだった?そう見えますね。彼はこの庭の決まった視点から20点以上の絵を残しています。庭は、絵を生みつづけるための装置だったとも言えます。借りものの庭を見つめていた青年が、最後には自分の手で生み出した世界の中に溶け込んでいった。そんな物語が見えた気がします。
土地を持たなかった男が、一歩ずつ土を耕し、自分の居場所を作品へと変えていく旅。いかがでしたか。「庭を育てる」ことが、そのまま自分自身の眼や心を育てることだったんだなと感じました。ただの風景画以上の重みがありましたね。一つの土地を耕しつづけた眼は、そこにしかない真実を見つけたのかもしれません。生きる場所と作品は、どこまで重なり合えるのか。それは今の私たちにとっても、とても大きな問いになりそうです。そうですね。その境界線について、またいつかゆっくり考えてみたいですね。今日はこのあたりで。はい。おやすみなさい。