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美術館展覧会
冨嶽三十六景 駿州大野新田

冨嶽三十六景 駿州大野新田

葛飾北斎
SourceWikipedia
画像出典Wikimedia Commonsパブリックドメイン

この作品について

描かれているもの

駿河国(現在の静岡県富士市)の東海道沿いにあった大野新田からの景観を描いています。原宿と吉原宿の間に位置する、富士沼の南岸を通る街道から望む雄大な富士山が主題となっています。[1] 画面手前を人物や動物が横切る構成は、北斎が本シリーズの他作品でも用いた得意の構図です。この水平方向の動きが、背後にどっしりと構える静的な富士山の存在感と対比され、画面に安定感を与えています。[1] 柴の束を背負った牛と、それらを引く農夫たちののんびりとした荷運びの様子が描かれています。厳しい労働の中にも、穏やかな日常の風景が富士山の懐に抱かれるように表現されています。[1] 葦が生い茂る富士沼の上空を五羽のサギが飛び立つ様子を描き、ここが湿原地帯であることを強調しています。水辺の生態系を細やかに描写することで、場所特有の空気感を伝えています。[1] 画面右側には、富士沼に浮かぶ「男島・女島」と思われる大小の浮島が描かれています。当時の景勝地としての特徴を正確に捉えつつ、画面に奥行きとリズムを与えています。[1]

技法と様式

藍色を基調とした色彩設計や、細部まで行き届いた線描は、北斎の卓越した描写力を示しています。湿地の広がりと富士の高さが、巧みな遠近法によって一枚の絵に収められています。[1]

背景と物語

葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景』全46図のうちの1図です。北斎が70代の円熟期に、富士山を様々な場所や角度から捉えた名所絵の連作であり、江戸時代の富士信仰の広がりを背景に制作されました。[1] 落款には「前北斎為一筆(ぜんほくさいいいつひつ)」とあります。これは北斎が「為一」と名乗っていた時期の作品であることを示しており、彼の長い画業の中でも最も脂の乗った時期の筆致です。[1] 牛が背負った柴の束の形状を、富士山の稜線の傾斜と相似させて描く点に北斎独自の工夫が見られます。自然の造形と人々の営みを視覚的にリンクさせる、北斎らしい遊び心のある演出です。[1] 当時「富士沼」として知られた名所を、あえて「大野新田」という地名で題した意図は不明ですが、特定の集落からの視点を強調することで、より生活に根ざした富士の姿を提示しています。[1]

この絵に描かれているもの

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全体

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