

Taking a Snow Town
Vasily Surikovこの作品について
描かれているもの
画面右側のソリに座り、豪華な毛皮のコートを着てこちらを見ている男性は、スリコフの弟アレクサンドルです。彼は兄を絶望から救い出すため、この絵の制作を全面的にサポートし、自らモデルも務めました。[1] 画面中央で雪の壁を突き破る黒い馬の描写は、スリコフが幼少期に実際に目撃した強烈な記憶が元になっています。彼は「あの時の黒い馬が、そのまま私の絵の中に留まった」と後に語っています。[1]
技法と様式
当時の批評家たちは、血なまぐさい歴史画の大家だったスリコフが、突如として「明るく陽気な」作品を発表したことに驚愕しました。これは彼のキャリアにおいて、最も意外な方向転換の一つとされています。[1]
背景と物語
迫力ある場面を描くため、スリコフの弟は村の若者たちに「ウォッカ3樽」を報酬として支払い、実際に雪の城を作らせてゲームを再現させました。この実体験に基づいたスケッチが、作品に圧倒的な臨場感を与えています。[1] 最愛の妻を亡くし「気が狂いそうだ」と絶望していたスリコフが、故郷シベリアで心の傷を癒やすために描いた作品です。悲劇的な歴史画で知られた彼が、この絵で「悲劇から歓喜へ」と劇的な転換を遂げました。[1] 1891年の展覧会で発表されると、過去2回も新作を出していなかったスリコフの復活作として大きな話題を呼びました。その後、1900年のパリ万博でもメダルを授与され、国際的にも高い評価を得ています。[1] 1899年、この作品は当時の大富豪でパトロンのウラジーミル・フォン・メックによって1万ルーブルという破格の値段で購入されました。これは当時のロシア美術界でも極めて高額な取引でした。[1] 描かれているのはシベリアのコサックに伝わる伝統行事「雪の町の占領」です。冬の終わりを祝う祭りのクライマックスで、騎兵が雪の城壁を突き破る勇壮な遊びですが、当時すでに失われつつあった光景でした。[1] 横幅2.8メートルを超える巨大なキャンバスですが、スリコフはこれをシベリアの故郷で描き始め、完成させるために軸に巻き取ってモスクワまで持ち帰りました。過酷な移動に耐えて運ばれた、執念の結晶と言えます。[1] 美術史家ケメノフはこの絵を、シベリアの人々の「英雄的な力、陽気さ、楽しさ」が沸き立つイメージであると評しました。単なる遊びの描写を超え、ロシアの民衆が持つ生命力を象徴しています。[1]