

ルーアン大聖堂
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この作品について
描かれているもの
この連作の作品数は30バージョンにも上り、モネが以前から取り組んでいた光の影響を捉える試みをさらに発展させたものとなっている。[1] ゴシック様式で建てられたルーアン大聖堂は、中世ヨーロッパで広く採用された建築様式であり、フランスの歴史と文化における最良の部分を象徴するものと見なされていた。[2] それまで主に風景画を描いていたモネにとって、大聖堂という主題は変化であった。不変に見える堅牢な構造物と、絶えず変化する光との間の矛盾を強調することが可能となった。[2]
技法と様式
モネはルーアンでの取材を終えてジヴェルニーの自宅に戻った後、現地で描き始めた作品群を自身のアトリエにおいて最終的に仕上げた。[1] 同一のモティーフをほとんど同じ角度から描く手法により、時間の経過に伴う光の推移による変化を、より鮮明に捉えることに成功している。[1] モネはこの連作で、時間や季節、大気の状態によって変化する光が対象に与える異なる性質を捉えようとした。光の効果は、対象そのものと同じくらい重要視されている。[2] モネは、大聖堂の複雑な性質を表現するために、絵具を厚く塗り重ねて豊かな質感を作り出した。その表面は、大聖堂の石造りの外壁そのもののように塗り固められている。[2]
背景と物語
1895年5月、ポール・デュラン=リュエル画廊で開催された「モネ近作展」において、本連作のうち20バージョンが一般に公開された。[1] カミーユ・ピサロは、自身が求め続けてきた「素晴らしい統一性」をこの連作に見出したと、息子リュシアンへの手紙の中で綴っている。[1] 画家のポール・シニャックは、この連作を高く評価しており、自身の日記の中で「素晴らしく仕上げられた壁」という言葉を用いて表現した。[1] 1890年代初頭のフランスではカトリックへの関心が再燃しており、主要な大聖堂を主題としたこの作品群は、当時の歴史的・文化的な背景からも好意的に受け入れられた。[2]
制作
クロード・モネによる「ルーアン大聖堂」は、1892年から1894年にかけてルーアンの大聖堂を主題として制作された一連の連作絵画である。[1] 当時ジヴェルニーに居住していたモネは、1892年と1893年の二度にわたってノルマンディー地方のルーアンへ取材旅行に出かけている。[1] 制作にあたってモネは大聖堂の西側正面にある建物に拠点を置き、わずかに異なる3つの地点からイーゼルを構えて連作を描き出した。[1] モネはルーアンでの制作中、大聖堂の向かいにある建物のスペースを借りて、そこを仮のスタジオとして使用し、正面からの景観を描いた。[2] クロード・モネによる「ルーアン大聖堂」連作は、1892年から1893年にかけてノルマンディーのルーアンで制作され、その後1894年に自身のスタジオで加筆・修正が行われた。[2]
この絵に描かれているもの
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