ルーアン大聖堂
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見どころ
1分43秒
解説の書き起こしと出典
事実に基づく記述には出典を明記しています。番号は下の一覧に対応します。
モネが「光そのもの」を描こうとした瞬間が、この一枚には凝縮されています。1印象派という名を世に広めた彼は、晩年に向かうにつれ、形よりも光と大気の変化をひたすら追い求めるようになりました。2この「ルーアン大聖堂」連作は、50代のモネが光の探究を極限まで押し進めた到達点です。 注目してください。この複雑に入り組んだゴシックの石面を。3モネはこの大聖堂を宗教的な意味から切り離し、光を映し出す巨大な「スクリーン」として見ていました。4無数の凹凸が光を受け止め、時刻ごとに全く異なる表情を生み出す、絶好の舞台だったのです。 この中央の大きなアーチを見ると、輪郭が溶けかけているように感じませんか。5モネが描こうとしたのは石の形ではなく、石を包む「大気の層」そのものでした。 上部のトレーサリーに目を移すと、絵具が盛り上がり、石壁のような質感を持っています。6この厚塗りの筆致は、光が宿る物質感そのものを画面に刻みつけようとした証です。 聴き終えたとき、この絵が「大聖堂の絵」ではなく「光の記録」であることが、きっと伝わるはずです。
出典(6)
- 1.en.wikipedia.org — 「印象派」という名称は、1874年の第1回印象派展に出品されたモネの作品『印象・日の出』のタイトルに由来しています。保守的な批評家による皮肉が、後に近代美術を象徴する運動の呼び名となりました。
- 2.ja.wikipedia.org — 1892年から1894年にかけて制作された連作です。モネが50代の円熟期に、光の移ろいを極限まで追求した、印象派の到達点とも言える代表作の一つです。
- 3.ja.wikipedia.org — 伝統的な宗教建築を、宗教的意味から切り離し、純粋に光と色彩の変化を観察するための「スクリーン」として扱った点に、モネの近代的な革新性があります。
- 4.ja.wikipedia.org — フランス・ノルマンディー地方にあるゴシック様式のルーアン大聖堂を主題としています。西側正面の複雑な装飾が、光を反射・吸収する絶好の舞台となりました。
- 5.ja.wikipedia.org — 「積みわら」等の前作以上に、同一の構図で光の推移を捉えることに特化しています。時間や天候によって刻々と変化する「大気の層」を描き出そうとしました。
- 6.ja.wikipedia.org — 複雑な凹凸を持つ石壁を、厚塗りの絵具で表現しています。新印象派のシニャックはこの質感を「素晴らしく仕上げられた壁」と評し、その物質性を称賛しました。
