Madonna and Child with Saints
Parmigianinoこの作品について
描かれているもの
描かれているのは聖母子と、洗礼者ヨハネの父ザカリアです。通常はヨハネ本人が描かれることが多い主題ですが、あえてその父親を登場させるという、パルミジャニーノらしい独特な構成が特徴です。[1]
技法と様式
18世紀の記録によれば、この作品は「ギャラリーの中で最も模写された作品」と言われるほど人気がありました。あまりの多さに、どれが本物かを見極めるのが研究者たちの大きな課題となったほどです。[1]
背景と物語
この作品は、パルミジャニーノが自身の裁判費用を捻出するために売却されました。売却価格の50スクーディは、彼の代表作「長い首の聖母」の33スクーディを大きく上回る異例の高値でした。[1] 18世紀の美術史家は、別の場所にある複製画を本物だと思い込んでいました。ウフィツィ美術館にあるこの作品が真作であると最終的に証明されたのは、制作から約370年も経った1903年のことです。[1] 画家は当時、教会のフレスコ画制作の遅延で訴えられていました。購入者のボニファシオは、代金を支払う代わりに画家の弁護人を務めるという、物々交換のような奇妙な契約を結んでいます。[1] 1543年に制作されたジュリオ・ボナゾーネによる版画によって、この作品の構図はヨーロッパ中に広まりました。オリジナルがフィレンツェに届く前から、すでに視覚的な流行を作り出していたのです。[1] 購入者のボニファシオは、パルミジャニーノの別の傑作「チェチーリア・ゴッツァディーニの肖像」のモデルの夫でした。画家は自身のパトロン層との複雑な人間関係を駆使して、法的窮地を乗り切ろうとしました。[1] 1605年にはすでにフィレンツェに到着していたことが記録されています。パルマで生まれ、ボローニャで裁判のために売買され、最終的にメディチ家のコレクションへと至る、波乱の旅路を辿りました。[1]
制作
1530年から1533年頃に制作されましたが、正確な注文主は不明です。完成済みの作品を、画家が窮地に陥った際に急遽売りに出したという、切迫した制作背景が推測されています。[1]