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Coresus Sacrificing Himself to Save Callirhoe

Jean-Honoré Fragonard
Date1765
Departmentcanvas
SourceWikipedia
画像出典Wikimedia Commons ・ パブリックドメイン

この作品について

描かれているもの

恋に破れた神官コレススが、神の怒りを鎮めるために愛する女性を供物に捧げるはずが、自らの胸に刃を突き立てるという、衝撃的な自己犠牲の瞬間を描いています。[1] 古代ギリシャの地理学者パウサニアスの記述に基づいたこの物語は、報われない愛と神の呪い、そして究極の自己犠牲という、18世紀の観衆が好んだ情熱的なテーマを体現しています。[1] 画面上空には「愛」と「絶望」を象徴する寓意的な人物像が浮遊しており、地上の惨劇に心理的な深みと、バロック演劇のようなドラマチックな演出を加えています。[1] 強い光が主役の二人を照らし出し、周囲の群衆が恐怖や悲嘆に暮れる様子を対比させる手法は、まるで舞台照明のような効果を生み出し、観客を物語の渦中へと引き込みます。[1]

背景と物語

王室の所有物だった本作は、フランス革命を経て国家の財産となり、現在はパリのルーヴル美術館に収蔵されています。革命の荒波を越えて生き残った、王政時代の栄華の証です。[1] 縦3メートル、横4メートルを超える巨大なキャンバスは、見る者を圧倒する劇的なスケール感を持ち、当時のフランス画壇におけるフラゴナールの並々ならぬ意気込みを物語っています。[1] 享楽的なロココ様式の大家フラゴナールが、あえて厳格な「歴史画」に挑んだ異色作。自身の奔放なスタイルとアカデミーの規律を融合させようとした野心的な試みです。[1] 国王ルイ15世はこの傑作を買い上げ、王室コレクションに加えました。後にゴブラン織製作所でのタペストリー化も計画されるなど、国家的な期待を背負った作品でした。[1] 当時33歳のフラゴナールはこの作品によって王立絵画彫刻アカデミーへの入会を認められました。しかし、その後彼はこの「偉大な道」を捨て、より親密で官能的な作風へと転向します。[1] 1765年のサロンで発表されるやいなや、毒舌で知られる哲学者ディドロら批評家たちから絶賛を浴び、フラゴナールは「歴史画復興の旗手」として一躍時代の寵児となりました。[1]