
Artist
Constantino Brumidi
年表
1805
ローマで生まれたブルミディは、カノーヴァやトールバルセンといった巨匠から彫刻と絵画を学びました。この古典的な基礎が、後にアメリカ合衆国議会議事堂で発揮される壮大な作風の源泉となりました。1
1840
アメリカへ渡る前、彼はバチカンで教皇グレゴリウス16世のもとで3年間働いていました。この時期に培われた高度なフレスコ画の技術は、後に「アメリカのミケランジェロ」と呼ばれる所以となります。1
1849
1849年のフランス軍によるローマ占領と、自身が関わったローマ共和国の崩壊を受け、彼はアメリカへの移住を決意しました。1852年には市民権を取得し、新天地での活動を本格化させます。1
1854
1850年代、議事堂ドームの建設責任者モンゴメリー・メイグスと出会ったことが転機となりました。当初の報酬は日給8ドルでしたが、その才能が認められ、政府お抱えの画家としての地位を確立しました。1
1865
代表作『ワシントンの神格化』は、議事堂ドームの天井に描かれた巨大なフレスコ画です。ジョージ・ワシントンが神々の中に昇天する姿を、ルネサンスやバロックの様式を融合させて描き出しました。1
1880
議事堂回廊の『アメリカ歴史のフリーズ』の制作中に彼は亡くなりました。この作品は弟子のコスタジーニらに引き継がれ、最終的なパネルが完成したのは、彼の死から70年以上経った1953年のことでした。1
2008
没後、彼の功績は長らく忘れ去られ墓も不明でしたが、後に再発見されました。2008年にはアメリカ議会名誉黄金勲章が授与され、現在はアメリカを象徴する芸術家の一人として高く評価されています。1