
Artist
Joaquín Sorolla
年表
1863
1863年、スペインのバレンシアに生まれる。2歳の時に両親をコレラで亡くし、叔母夫婦に育てられた。この生い立ちが、後の社会的なテーマを扱った初期作品の背景にあるとも言われている。1
1885
1885年のパリ滞在で、バスティアン=ルパージュやメンツェルの作品に触れ、近代絵画の洗礼を受ける。これが、伝統的な歴史画から自然主義的な表現へと移行する重要な転機となった。1
1888
1888年に結婚した妻クロティルデは、彼の生涯を通じてのミューズであった。家族をモデルにした作品は多く、伝統的な肖像画の枠を超えて、家族への愛と光の喜びが融合した独自の表現に達している。1
1892
1892年の作品『もう一人のマルガリータ』で国際的な評価を確立。社会的な問題を扱ったこの作品は、マドリードとシカゴで金賞を受賞し、彼がスペイン近代絵画の旗手となるきっかけとなった。1
1897
1897年の『シマロ博士の顕微鏡』では、ガス灯の赤みがかった人工光と、窓から差し込む夕暮れの淡い光の対比を見事に描き出した。科学と芸術を融合させた、自然主義の傑作として知られている。1
1899
1899年の大作『悲しい遺産』は、海辺で泳ぐ障害を持つ子供たちを描き、パリ万博でグランプリを受賞。この作品を境に、彼は重い社会的主題から、光の描写そのものを追求するスタイルへと変貌を遂げた。1
1907
肖像画においても、彼は屋外の自然光の下で描くことを好んだ。スペイン国王アルフォンソ13世やティファニーの創設者などを、陽光が降り注ぐ庭園や風景の中に配置し、人物と光を一体化させて描いた。1
1909
1909年にニューヨークで開催された個展は大成功を収めた。356点の作品のうち195点が売却され、タフト大統領の肖像画制作も依頼されるなど、アメリカにおけるスペイン人画家の人気を不動のものにした。1