
Artist
Piero della Francesca
年表
1415
トスカーナのボルゴ・サン・セポルクロに生まれる。父の死後、母ロマーナの支援で数学と芸術の教育を受け、母の通称から「デッラ・フランチェスカ」の名で知られるようになりました。1
1439
1439年にフィレンツェでドメニコ・ヴェネツィアーノに師事。マサッチオの古典主義やドナテッロ、ブルネレスキらの革新的な表現に触れ、自身の芸術スタイルの基礎を築きました。1
1451
リミニの領主ジジスモンド・パンドルフォ・マラテスタに仕え、肖像画やフレスコ画を制作。ここで建築家レオン・バッティスタ・アルベルティと出会い、理論的な影響を受けた可能性があります。1
1452
代表作はアレッツォのサン・フランチェスコ聖堂にある『聖十字架伝説』の連作フレスコ画です。中世の黄金伝説に基づく物語を、理知的で秩序ある構成で描き出し、ルネサンス絵画の最高傑作の一つとされます。1
1455
ウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの宮廷で活躍。『ウルビーノ公夫妻の肖像』や、謎めいた構成で知られる『キリストの鞭打ち』など、数学的秩序に基づいた傑作を残しました。1
1475
画家としてだけでなく理論家としても活動し、1470年代から80年代にかけて『絵画の遠近法について』を執筆。透視図法を数学的に体系化し、後世の芸術家や科学者に多大な影響を与えました。1
1492
晩年は視力が低下したと伝えられていますが、幾何学に関する著作『正多面体について』を記すなど、探究心は衰えませんでした。1492年、故郷サン・セポルクロの自宅でその生涯を閉じました。1