
Artist
Henry Ossawa Tanner
作品(5)
年表
1859
1859年ピッツバーグ生まれ。父はアフリカ・メソジスト監督教会の主教、母は奴隷制から逃れた女性で、ミドルネームの「オサワ」は奴隷制反対運動の激戦地オサワトミーにちなんで名付けられた。1
1879
1879年にペンシルベニア美術アカデミーに入学し、トーマス・エイキンズに師事。唯一の黒人学生だったが、エイキンズの解剖学を重視する進歩的な指導は、タナーの写実的な人物描写の基礎となった。1
1888
アトランタでの写真スタジオ経営に失敗した後、ジョセフ・クレーン・ハーツェル主教夫妻がパトロンとなり、クラーク大学での教職を斡旋。この支援が、その後の欧州留学への足がかりとなった。1
1891
1893
1893年の代表作『バンジョーのレッスン』では、当時の黒人に対するステレオタイプを覆し、アパラチア地方の黒人家庭における世代間の知識の伝承を、尊厳を持って写実的に描き出した。1
1895
1890年代半ば以降、インディゴやターコイズを用いた「タナー・ブルー」と呼ばれる独特の色彩が特徴となる。光を象徴的に扱い、神性と人間性の交差を表現する神秘的な作風を確立した。1
1896
牧師の息子として育った背景から、キャリア後半は宗教画に傾倒。1896年の『ラザロの復活』や1898年の『受胎告知』など、精神性の高い作品でフランスのサロンでも高い評価を得た。1
1923
1923年、フランス政府からレジオンドヌール勲章のシュヴァリエを授与された。アフリカ系アメリカ人の画家として初めて国際的な名声を確立し、後進の黒人芸術家たちに大きな希望を与えた。1