第4章 ・ 読む
下絵と工房 — 大装飾の舞台裏
本番の大画面は、一枚の下絵からはじまりました。

\n\nきらびやかな天井画や祭壇画を見上げるとき、私たちはつい「一気に描き上げた」ような錯覚をしてしまいます。けれど実際には、大きな絵にとりかかる前に、画家はまず小さな油絵で構想を練りました。これを油彩下絵、あるいはボッツェットと呼びます。ここでご覧いただく、殉教者セバスティアヌスを描いた祭壇画のための習作も、そうした一枚です。1739年、ドイツ南部の教会に設置される記念碑的な祭壇画のために描かれた、いわば「最初のアイデア」でした。本番の制作にとりかかる前、これを注文主に見せて承認を得るための一枚だったのです。\n\nつまり下絵とは、画家の頭の中にある構図を、初めて目に見える形にした瞬間の記録です。だからこそ、そこには迷いよりも勢いがあります。木に縛りつけられ、矢を射られた殉教者セバスティアヌスの姿は、素早く確信に満ちた筆づかいで描き出されています。輪郭を確かめるように何度もなぞるのではなく、一筆で像をつかみとるような即興性が、この小さなカンヴァスにはみなぎっているのです。殉教者の体を包む光の輝きも、信仰への献身を示すしるしとして、迷いのない筆で一気に塗り広げられています。この光こそ、後の本画へと受け継がれていく核となる部分でした。\n\nそしてこの祭壇画は、単独の絵として存在したのではありません。建築、彫刻、装飾のスタッコ細工までもが組み合わされた、綿密な装飾計画の一部だったのです。つまり画家は、壁や天井の空間全体をひとつの舞台としてデザインする総合芸術家でもありました。そうした大仕事を支えたのが工房です。画家ひとりの手だけでは、これほど広大な計画を完成させることはできません。実際にティエポロの工房では協力者たちも加わり、画家の構想を形にする作業を分担していました。\n\n小さな下絵に宿る即興の筆と、それを支えた工房の協働。この両輪があってこそ、完成作の圧倒的な輝きが生まれたのです。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.本作は、最終的な制作を開始する前に承認を得るために提出された、ティエポロによる最初のデザインである。The Cleveland Museum of Art
- 2.制作技法として、素早く確信に満ちた筆致が用いられているのが特徴である。The Cleveland Museum of Art
- 3.木に縛り付けられ、矢で射られたキリスト教の殉教者セバスティアヌスの姿が描かれている。The Cleveland Museum of Art
- 4.建築、絵画、彫刻、装飾的なスタッコ細工を含む、綿密に構成された装飾プログラムの一部をなしている。The Cleveland Museum of Art
- 5.信仰への献身を象徴するために、殉教者が輝く光に溢れている様子が表現されている。The Cleveland Museum of Art