



はじめに ・ 読む
はじめに — そもそもティエポロとは
作品の前に、まず絵が生まれた時代そのものをのぞいてみましょう。
「ティエポロ」という名前は、あまり聞き慣れないかもしれません。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロは、いまから三百年ほど前、十八世紀のイタリアに生きた画家です。生まれたのは一六九六年のヴェネツィア。船乗りの父のもとに、六人兄弟の末っ子として育ちました。海に浮かぶこの都市は、かつて地中海の交易で栄えた強大な共和国です。この頃には少しずつ力をうしないつつありましたが、人びとはなお、祭りと音楽と、華やかな装飾を愛しつづけていました。
若いティエポロは歴史画の大家ラッザリーニに学び、先輩画家リッチやピアッツェッタから強い刺激を受けて、みるみる頭角をあらわします。一七一九年には画家仲間グアルディの姉と結婚し、のちに二人の息子も工房に加わって、大きな仕事を支えました。
彼が得意としたのは、宮殿や聖堂の天井や壁を埋める大きな装飾画です。バロックの躍動感と、ロココの優美な装飾性——この二つを一枚のうちに兼ねそなえた画風は、生前からヨーロッパじゅうに知れわたり、はるばるスペイン王の宮廷にまで招かれました。ヴェネツィア絵画の伝統を締めくくる、最後の巨匠。そのきらびやかな世界を、天井に空を開く仰視法、文学を舞台のように演じさせる物語画、光の幻視としての祭壇画、大装飾を支えた下絵と工房、そして様式の根幹をなす光——五つの入り口からのぞいていきましょう。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(10)
- 1.1696年3月5日にヴェネツィアで誕生。6人兄弟の末っ子として生まれ、父親は船乗りという家庭環境であった。Wikipedia
- 2.歴史画の大家グレゴリオ・ラッザリーニに師事したが、セバスティアーノ・リッチやジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタから強い影響を受けた。Wikipedia
- 3.1719年に、ヴェネツィアの画家であるフランチェスコ・グアルディの姉と結婚し、親族関係を築いた。Wikipedia
- 4.1761年、スペイン王カルロス3世の依頼を受け、マドリード宮廷の天井画制作のためにスペインへ移住した。Wikipedia
- 5.スペイン滞在中、同じく宮廷に招かれていた新古典主義の画家アントン・ラファエル・メングスとの間に、芸術的な対立が生じた。Wikipedia
- 6.1770年にマドリードで没した。没後は新古典主義の台頭により、それまでの甘美な装飾性が否定され、彼の評価は急速に下降することとなった。Wikipedia
- 7.バロックの躍動感とロココの優美な装飾性を融合させた画風を確立し、生前はヨーロッパ全土で極めて高い名声を誇った。Wikipedia
- 8.フレスコ画の稀代の名手であり、仰視法を用いた天井画によって、宮殿や貴族の館に完璧なイリュージョン効果をもたらした。Wikipedia
- 9.初期はテネブリスムの影響を受けたが、後にティントレットやヴェロネーゼといったヴェネツィア派の伝統を継承し、それを躍動的に展開する独自の画風を築いた。Wikipedia
- 10.18世紀のイタリアを代表する偉大な画家であり、ヴェネツィア共和国における美術絵画の伝統を締めくくる「最後の巨匠」と評されている。Wikipedia