第2章 ・ 読む
よみがえる古代 — 神話がふたたび主役に
千年眠っていた古代の神々が、絵の中に帰ってきました。

「ルネサンス」という言葉は、フランス語で「再生」を意味します。では、いったい何が再生したのでしょうか。答えは、はるか昔の古代ギリシア・ローマの文化です。この「古いものをよみがえらせる」という動きを、**古典復興**と呼びます。
中世のヨーロッパでは、絵の世界はほぼキリスト教一色でした。描かれるのは聖人や聖書の場面ばかり。人間の体を美しく、のびのびと描くことは、長いあいだ表舞台から遠ざけられていました。ところが14〜15世紀ごろ、イタリアの知識人たちが古代の書物を読み直すうちに、あることに気がつきます。古代人は、神話の神々を堂々と描き、人間の肉体を理想的な美として讃えていた——。その発見が、眠っていた表現欲求に火をつけました。
この運動の中心地となったのが、イタリアのフィレンツェです。

この街では、メディチ家をはじめとする豊かな貴族や商人たちが、芸術家を経済的に支えるパトロン(支援者)として活躍していました。教会が絵画の注文主だった時代とは違い、富裕なパトロンの後ろ盾があれば、画家は古代の女神を大画面に堂々と描くことができたのです。
その大胆な挑戦を今に伝えるのが、サンドロ・ボッティチェッリの絵画です。

「ボッティチェッリ」というのは本名ではなく、「小さな樽」を意味する兄のあだ名に由来する通称で、本人もやがてその名を正式に名乗るようになりました。生涯のほとんどをフィレンツェで過ごし、メディチ家と親交の深いパトロンたちに支えられながら、1480年代に黄金時代を迎えます。
その頂点に立つ一枚が、海から生まれた女神が岸に辿り着く場面を描いた大型の神話画です。古代以来、これほど大きな画面に女性の裸体を描いた作品は、西洋美術においてほとんど前例がありませんでした。それだけで、当時どれほど革新的な挑戦だったかが伝わります。
しかしよく見ると、中央のヴィーナスの体には奇妙なことが起きています。

中央のヴィーナス
細部
首は現実にはあり得ないほど長く、重心は左に寄りすぎていて、解剖学的には立っていられないポーズです。これは技術の未熟さではありません。写実(現実をそのまま写すこと)よりも、絵としての美しさを優先した、意図的な選択です。影さえ一切描かれていないこの画面は、現実の世界ではなく、理想の世界として作られています。
その理想の世界のなかで、ヴィーナスは古代彫刻のポーズをそっと借りて立ち、

ヴィーナスが乗る大きな貝殻
細部
画面右では季節の女神が花で覆われたマントを差し伸べます。

ホーラが広げるマント
細部
西の風の神ゼピュロスが吹かせる息が、彼女の長い髪をやわらかくなびかせています。

西風の神ゼピュロス
細部
古代の神話という題材を、中世の優美な曲線美でくるんだこの絵は、「古いもの」と「新しいもの」が溶け合う古典復興の精神そのものを体現しています。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法