第4章 ・ 読む
銅の板に光を彫る — エッチングの革新
銅の板に針一本で、光を彫った人がいました。

レンブラントというと、まず思い浮かぶのは油絵でしょう。けれど彼の仕事は絵筆だけにとどまりません。彼は版画、なかでもエッチングと呼ばれる技法の名手でもありました。エッチングとは、銅の板に針で絵を描くように傷をつけ、そこを薬品で溶かして溝にし、そのくぼみにインクを詰めて紙に刷りとる技法です。レンブラントは生涯でおよそ三百点近くもの銅版画を残し、これは歴史上おそらく最も多い数だといわれています。
彼が手がけた風景画のエッチングの多くは1640年代に集中して制作されました。ここでご覧いただいている一枚は、その流れからやや外れた、1650年代はじめに生まれた数少ない例のひとつです。長く風景の版画に取り組んできた画家が、その先でもう一段の工夫を試みた、そんな時期の作品だと思うと味わいが増します。
注目したいのは、色を使わずに光を描くという離れ業です。レンブラントはこの版画で、エッチングの線に加えて、銅板に針を直接突き立てて刻むドライポイントという技法を組み合わせました。ドライポイントは溝の縁にささくれが残るため、そこにインクがにじみ、線がやわらかくかすれて見えるのです。この二つの線を重ねることで、絵具では出せない繊細な濃淡、つまりトーンの変化が生まれます。
画面では、木々が道やコテージに影を落としているように描かれています。木漏れ日が地面にまだら模様をつくる、あの感覚が、色を一切使わない線だけで再現されているのです。線の密度が濃いところは影、線がまばらで紙の白がのぞくところは光。その積み重ねが、作品全体にしっとりとした穏やかな輝き——ルミノシティを生み出しています。
小さな一枚の紙のなかに、絵具にたよらず光をつくり出す執念が詰まっている。それこそが、レンブラントのエッチングにひそむ静かな革新なのです。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.作者のレンブラント・ファン・レインは、歴史上おそらく最も多作なエッチング画家であり、300点近い作品を制作した。Art Institute of Chicago
- 2.レンブラントは、トーン(色調)の効果を生み出すために、実験的なエッチングの線とドライポイントの線を組み合わせて使用した。Art Institute of Chicago
- 3.本作の制作には、エッチングだけでなくドライポイントという技法も実験的に取り入れられている。Art Institute of Chicago
- 4.画面内では、木々が道路やコテージ(小舎)に影を落としているように描かれているのが、この作品の構成上の特徴である。Art Institute of Chicago
- 5.木々が影を作る描写によって、作品全体に穏やかな輝き(ルミノシティ)がもたらされ、独特の視覚効果を与えている。Art Institute of Chicago