第2章 ・ 読む
聖書の奇跡を、人間のドラマに
聖書の奇跡が、いま目の前で起きているように。

まず、一枚の絵をご覧ください。これは油絵ではなく、銅の板に針で線を刻み、そこにインクを詰めて刷り上げた「エッチング」という技法による版画です。作ったのは、オランダを代表する画家であり版画家でもあったレンブラント・ファン・レイン。彼は生涯にわたって聖書の物語をくり返し描いた画家でもありました。
とはいえ、レンブラントの聖書画は、教科書に載っているような「はい、これが奇跡です」という説明図ではありません。彼が目指したのは、遠い昔の出来事を、いま目の前で起きている生々しい人間のドラマとして立ち上がらせることでした。
題材は、死んだラザロをキリストがよみがえらせるという、聖書の中でも重要な奇跡の場面です。画面がとらえているのは、墓の中からラザロが姿を現しはじめる、まさにその瞬間。キリストは鑑賞者に背を向けて立っています。

キリストの立像
細部
顔さえ見せないその後ろ姿は、かえって「今、何かが起ころうとしている」という緊張感を強めます。
そのキリストが片手を高く掲げると、そこにまばゆい光の光線が差し込みます。

キリストの掲げられた右手
細部
光と闇の劇的な対比は、レンブラントが得意とした明暗法そのもの。奇跡の瞬間を、まるで舞台照明のように鮮やかに照らし出しています。
一方、よみがえるラザロの顔は、まだ死の青白さを残したままです。

ラザロの青白い顔
細部
生と死のはざまにあるその表情こそ、レンブラントが奇跡を「絵空事」ではなく「生身の出来事」として描こうとした証拠だといえるでしょう。劇的なアーチ型の構図に包まれて、見物人も私たち鑑賞者も、まるで一緒に埋葬の洞窟の中に立ち会っているような気持ちになります。
このラザロの復活には、もうひとつの意味も重ねられていると考えられています。死者を生き返らせるという行為そのものが、キリスト自身のちの死と復活を予告する出来事として描かれている、という見方です。つまりこの一枚には、ひとつの奇跡の中に、もうひとつの物語が静かに折りたたまれているのです。
レンブラントは同じラザロの場面を、視点を変えて何度も描き直してもいます。ひとつの奇跡に何度も向き合い、光の差し方や人物の配置を変えながら、そのたびに新しいドラマを探ろうとした——そんな彼の執念深さもまた、この作品の奥行きを支えています。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(5)
- 1.題材は、キリストが死んだラザロを蘇らせるという重要な聖書のエピソードに基づいている。Art Institute of Chicago
- 2.墓の中からラザロが姿を現し始める瞬間が、本作品の重要な描写となっている。Art Institute of Chicago
- 3.キリストが片手を上げると、そこにはまばゆい光の光線が差し込んでいる様子が描写されている。Art Institute of Chicago
- 4.本作品は、劇的なアーチ型の構図を採用しており、視覚的なインパクトを与えている。Art Institute of Chicago
- 5.画面の中でキリストは、鑑賞者に対して背中を向けた状態で配置されている。Art Institute of Chicago