第3章 ・ 読む
田園に生きる人びと — 農村を描く
名もなき田舎の人びとが、絵の主役になります。

カミーユ・ピサロという画家が生涯こだわり続けたのは、都会の華やかさではなく、田園に生きる名もなき人びとの姿でした。畑を耕す農民、村の道を行き交う人びと——そんな「なんでもない日常」を絵の主役にすること自体、当時はまだ新しい試みだったのです。物語も劇的な事件もない、ただ淡々と続く暮らしのリズムに、ピサロは静かな尊さを見出していたのでしょう。
ここでご紹介する一枚は、ポントワーズという町の近く、ヴァルエルメイという小さな集落を描いたものです。ピサロは数十年にわたってこの町に暮らし、田園地帯の日常を数多くの作品に残しました。
画面には、ポントワーズと隣村オーヴェールを結ぶ田舎道を、歩く村人たちの姿があります。こうした人びとの姿こそ、ピサロが好んで描いた題材でした。

青い服を着た牛飼いの女性
細部
その道を行き交う人びとの姿からは、日常の営みが伝わってきます。

道端に立つ牛
細部
主役はあくまで、そこで暮らす人びとなのです。こうした名もなき人びとをきちんと画面の中心に据える——それこそが、ピサロが田園の日常に見出した価値観だったのかもしれません。
奥には赤い屋根の家が顔をのぞかせています。

赤い屋根の白い家
細部
実はピサロは、この地域をたいそう気に入り、1873年から1882年のあいだに約20点もの作品を描きました。同じ赤い屋根の家が、くり返し画面に登場することもあったといいます。それほどまでに、ピサロはこの土地の暮らしに深いまなざしを注いでいたのでしょう。
この絵が生まれた1874年は、第1回の印象派展がひらかれた、まさにその年でした。華やかな芸術運動が動き出したその年に、ピサロは静かな田園の一隅を見つめていたのです。田園に生きる人びとへの関心と賞賛の念は、この一枚にも確かに息づいています。こうしたまなざしこそ、この章で見つめたい「田園と働く人びと」という一貫したテーマの核心なのです。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法