第1章 ・ 読む
アトリエを出て — 戸外で素早く描く
画家は下書きもせず、その場でひと息に描き上げます。

絵は、どこで生まれるのでしょう。ふつうなら、画家は部屋にこもり、記憶やスケッチをもとに絵を仕上げます。けれどカミーユ・ピサロは、そのやり方を大きく変えました。絵の道具をかかえて外へ出て、目の前の景色を、その場の光ごと描きとろうとしたのです。これを戸外制作といいます。当時、外へ道具を持ち出して絵を仕上げること自体が、画家たちにとって大きな挑戦だったのです。移ろいゆく光や大気の一瞬をとらえるこの新しい描き方を確立するうえで、ピサロは重要な役割をはたしました。
ピサロは1830年、デンマーク領だったヴァージン諸島に生まれました。1903年に亡くなるまで、絵とともに生きた人です。遠い島で育った青年が、のちに印象派という美術の流れをつくる一人になったのです。彼は若い画家たちにとって精神的な支えのような存在で、セザンヌやゴーギャンの師としても知られています。1874年の第1回から最後となる第8回まで、全8回開かれた印象派展のすべてに欠かさず参加した唯一の画家でもありました。まさに、印象派を陰から支え続けた人でした。
ここで見る『ポントワーズの水門』は、戸外制作の見本のような一枚です。舞台は、パリの北西にある農村ポントワーズ。画家の自宅のすぐ近くにあった、川の水門を描いています。注目したいのは描き方です。ピサロは下書きを一切せず、キャンバスに直接、絵筆を走らせました。激しく流れる水と曇り空は、混ぜすぎていない鮮やかな色を使った、素早く途切れたような筆あとで表されています。しかもこの絵は、たった一度の制作時間で仕上げられた可能性があるといいます。途切れた色が生み出す、きらめくような画面。そこには、屋外のいきいきとした光の感覚が、そのまま閉じこめられているのです。
まずは、彼の絵の出発点である「戸外で、素早く」という一歩から、ゆっくり歩き始めましょう。
出題出題されやすい語重要語地名・年号・概念・技法
出典(4)
- 1.ピサロは、光や大気の移ろいゆく効果を捉えるために、屋外で素早く描くという革新的な印象派の技法を確立する上で重要な役割を果たした。The Cleveland Museum of Art
- 2.激しく流れる水と曇り空の様子は、純色を用いた素早く途切れたような筆致(筆あと)によって表現されている。The Cleveland Museum of Art
- 3.ピサロは事前の下書きを一切行わず、キャンバスに直接絵を描くという手法を採用している。The Cleveland Museum of Art
- 4.制作のプロセスについて、ピサロはこの作品をわずか一度のセッション(制作時間)で完成させた可能性がある。The Cleveland Museum of Art