Menu
?

Tommaso di Folco Portinari (1428–1501); Maria Portinari (Maria Maddalena Baroncelli, born 1456)

Hans Memling
Dateca. 1470
DepartmentEuropean Paintings
Object ID437056
画像出典The Metropolitan Museum of Art ・ CC0

この作品について

描かれているもの

モデルのマリアは、この肖像画が描かれた当時わずか14歳でした。イタリアの銀行家トンマゾとの結婚を控えた、あるいは直後の姿であり、15世紀の最先端ファッションに身を包んでいます。[1] マリアの肘は、絵の枠組みとなっている石の欄干に置かれています。これは「トロンプ・ルイユ(だまし絵)」の手法であり、彼女が鑑賞者のいる現実空間に身を乗り出しているかのような錯覚を与えます。[1] 当時の美の基準に従い、マリアの額は髪を剃り落として広く、彫刻のように見せられています。これは15世紀のフランドルやイタリアの上流階級で流行した、理想的な美しさを追求したスタイルです。[1] マリアが指にはめている控えめな結婚指輪には、ルビーとサファイアがあしらわれています。祈るように組まれた手は、彼女の信心深さと、当時の理想的な女性像を象徴しています。[1]

技法と様式

X線調査により、当初は帽子の真珠が夫婦の頭文字「T」と「M」を形作っていたことが判明しました。聖母の前で富を誇示しすぎるのを避けるためか、最終的には塗りつぶされています。[1]

背景と物語

注文主のトンマゾはメディチ銀行の支店長でしたが、大胆公シャルルへの無謀な無担保融資が焦げ付き、最終的に破産しました。この肖像画は、彼の野心的な栄華と没落の記憶を今に伝えています。[1] マリアが身につけている豪華なネックレスは、1468年に行われた大胆公シャルルのロイヤル・ウェディングで、ヨークのマーガレットが着用したものと酷似しており、夫婦の社会的地位を誇示しています。[1] この作品は元々、三枚一組の祭壇画の右翼でした。中央には聖母子像が描かれていましたが、現在は失われており、ロンドンのナショナル・ギャラリーにある作品がそれではないかと推測されています。[1] 画家のヒューホー・ファン・デル・フースは、メムリンクによるこの肖像画を参考にして、後に有名な「ポルティナーリ祭壇画」を描いた可能性があるという、巨匠同士のつながりが指摘されています。[1] この肖像画は私的な祈りのために注文されましたが、トンマゾの社会的野心から、実際には来客などの公衆の目に触れる場所に置かれていたのではないかと考えられています。[1]

所蔵館

この作品はメトロポリタン美術館が所蔵しています。