

Reminiscence of the Tempyō Era
Fujishima Takejiこの作品について
描かれているもの
画面下部にはギリシャ・ローマ風の浮き彫り(フリーズ)が施された低い壁が描かれています。奈良時代の装束と西洋古典のモチーフが同居する、時空を超えた不思議な構成が特徴です。[1] 女性が手にする竪琴「箜篌(くご)」は正倉院の宝物がモデルですが、実物は23弦あるのに対し、本作では16弦に描き変えられています。芸術的なバランスを優先した意図的な改変と言えます。[1] 描かれている高貴な女性は、聖武天皇の妃である「光明皇后」その人であるという説があります。裸足で佇むその姿は、単なる美人画を超えた神秘的なオーラを放っています。[1]
技法と様式
西洋の油彩画でありながら、日本の掛け軸のような縦長の構図と金色の背景を採用しています。東洋の伝統と西洋の技法が融合した、明治ロマン主義を象徴する極めて実験的な作品です。[1] 現代の作曲家・平野一郎は、この絵と青木繁の「海の幸」に触発され、ソプラノとピアノのための組曲を作曲しました。100年以上の時を経て、絵画が音楽へと形を変えて受け継がれています。[1]
背景と物語
長らく福岡県久留米市の石橋美術館で親しまれてきましたが、2016年に東京へ移管されました。現在はアーティゾン美術館を運営する石橋財団のコレクションとして、大切に保管されています。[1] 明治時代に巻き起こった「天平ブーム」の中で誕生しました。正倉院の宝物や薬師寺の吉祥天像など、古代日本の美を再発見しようとする当時の熱狂的な空気感が反映されています。[1] この絵は詩人・蒲原有明にインスピレーションを与え、「千年のちの塵をかたねて…」という詩が生まれました。また、天才画家・青木繁にも多大な影響を与えた伝説的な一作です。[1] 藤島武二は、理想の美を追求するために当時の女性の髪型や古代の彫刻を徹底的に研究しました。特に髪を二つに結い上げる「双髻(そうけい)」という古代のスタイルを忠実に再現しています。[1] 1902年の白馬会展で初めて公開された際、その神秘的で想像力をかき立てる作風が新聞で絶賛されました。外光派という当時の主流を超え、藤島独自のロマン主義を確立した記念碑的作品です。[1]