Polish Woman
Jean-Antoine Watteauこの作品について
描かれているもの
赤いドレスに毛皮の縁取り、白いボンネットという特徴的な装いは、ワトーの他の傑作『コケット』や『夢想家』にも繰り返し登場する、彼がお気に入りだったモチーフの一つです。[1] 「ポーランドの女」という題名ですが、実際には当時のフランスで流行していた「ポーランド風」のエキゾチックなファッションを纏った女性を描いたものと考えられています。[1] 描かれた女性の正体については、当時コメディ・フランセーズで活躍した人気女優シャルロット・デマールではないかという説があり、虚構と現実が交錯する舞台のような魅力があります。[1]
技法と様式
本作には署名がなく、ワトーの真作かどうかは今なお美術史家の間で議論が続いています。制作年代の推定にも1710年代から1730年代まで、20年近い幅がある謎多き作品です。[1]
背景と物語
1772年、ロシアの女帝エカチェリーナ2世がパリのクロザ・コレクションを丸ごと買い取った際、この作品もロシアへと渡り、150年もの間エルミタージュ美術館などに秘蔵されました。[1] 終戦後、ゲーリングの手から取り戻された作品は無事にポーランドへと返還されました。現在はワルシャワ国立美術館に収蔵されており、数々の苦難を乗り越えた奇跡の帰還を果たしています。[1] 第二次世界大戦中、この作品はナチスの有力政治家ヘルマン・ゲーリングの個人コレクションとして略奪されました。独裁者の欲望の対象となった、波乱に満ちた過去を持っています。[1] 1920年のポーランド・ソビエト戦争後、リガ平和条約の規定に基づき、ロシアからポーランドへと譲渡されました。国境を越える美術品の返還という、政治的な歴史を背負っています。[1] ワトーによる元の素描は失われていますが、1726年にロココの巨匠フランソワ・ブーシェが制作した版画によって、その構図が現代に伝えられているという数奇な背景を持っています。[1]