

Martyrdom of Saint Sebastian
Nicolò Semitecoloこの作品について
描かれているもの
現存する両面パネルは、表と裏で絵の上下が逆さまに描かれています。この奇妙な構造により、一般的な折り畳み式の祭壇画ではなく、特殊な配置だったことが示唆されています。[1] 画面の中で聖セバスティアヌスは、周囲の人物に比べて異様なほど巨大に描かれています。血まみれの生々しい描写と共に、彼の受けた苦難の大きさを視覚的に強調しています。[1] 聖人の体に突き刺さる無数の矢の傷は、ペストの症状である腫れ物に意図的に似せて描かれています。鑑賞者が自分たちの苦痛を聖人の受難に重ね合わせられるよう工夫されました。[1]
技法と様式
かつては両面に絵が描かれた厚い板でしたが、後世にパネルを「鋸で半分に挽き割る」という荒業で分離されました。これは古い美術品が転用される際によく行われた残酷な処置です。[1] パネルの裏側は鮮烈な赤色の背景で統一されています。これは聖遺物箱が開かれた時にだけ現れる特別な色で、見る者に強い視覚的インパクトを与える演出でした。[1] この作品は祭壇画ではなく、聖遺物(聖人の遺骨など)を納める「宝箱」を飾るパネルだったという説があります。箱を開閉することで、異なる背景の絵が現れる仕掛けでした。[1]
背景と物語
制作当時のパドヴァは、人口の約4万人が死亡する凄惨なペストの流行に見舞われていました。聖セバスティアヌスは、この絶望的な疫病から人々を守る守護聖人として描かれたのです。[1] 16世紀に解体されバラバラになったパネルのうち、最後の1枚が美術市場に再浮上したのは1978年のことでした。実に400年以上の時を経て、ようやく作品の全貌が判明したのです。[1] 現在はパドヴァの教区美術館に収蔵されていますが、かつてはパドヴァ大聖堂の聖セバスティアヌス祭壇、あるいは聖職者しか入れない聖具室に秘蔵されていたと考えられています。[1] パドヴァの支配者カッラーラ家が寄進した可能性が高いとされています。疫病から逃れ、天国での地位を確保すると同時に、教会の権威と自らの権力を結びつける政治的意図もありました。[1]