

Holy Family
Jean-Antoine Watteauこの作品について
描かれているもの
雅宴画(フェート・ギャラント)の巨匠ワトーにとって、宗教画は極めて異例です。本作は現存する彼の宗教画の中で最も希少な一点とされ、世俗的な快楽を描き続けた画家が到達した、静謐な祈りの境地を伝えています。[1] この絵には『聖家族』と『エジプトへの逃避途上の休息』という二つの題名があります。正典のマタイ福音書だけでなく、外典である『偽マタイ福音書』からも着想を得ている可能性があり、謎めいた物語性を秘めています。[1] 聖家族を囲むのは、愛らしい「プット(幼子天使)」たちです。宗教的な主題でありながら、ワトー特有のロココ様式が息づいており、神聖な場面に宮廷的な優雅さと軽やかさが同居する独特の空間を生み出しています。[1]
背景と物語
ロシア女帝エカチェリーナ2世は、1769年にブリュール伯爵の膨大なコレクションを丸ごと買い取りました。この時、ワトーの傑作もエルミタージュ美術館の礎を築く重要なピースとしてロシアへ渡ったのです。[1] 19世紀半ばから、この絵はタヴリーダ宮殿やガッチナ宮殿など、ロシア皇帝ゆかりの地を転々としました。ロシア革命という激動の時代を経て、1920年にようやく現在のエルミタージュ美術館へと戻りました。[1] 画家の死後、この作品は彼の親友である王室顧問官エナンや、ワトー作品の普及に尽力したジュリアンが所有していました。画家の最も身近な人々が、この異色の宗教画を大切に守り伝えていたことが分かります。[1] エカチェリーナ2世に買われる前、本作はザクセンの有力政治家ブリュール伯爵の手にありました。彼のコレクションは当時ヨーロッパ最大級であり、その質の高さが本作の芸術的価値を裏付けています。[1] 1714年から1721年の間に制作されたとされる本作は、36歳で早世したワトーのキャリアの終盤にあたります。病に苦しんだ彼が、死を前にして宗教的なテーマに回帰した可能性を示唆する重要な作品です。[1]