Funeral of a Mummy on the Nile
Frederick Arthur Bridgmanこの作品について
描かれているもの
船体には「ホルスの目」や、死者を守る女神イシスとネフティスが描かれています。さらに、死後の審判を象徴する「心臓の計量」の装飾まで細密に描き込まれています。[1] 葬送船の前を行く白い船は、死者への供え物を運んでいます。船同士はロープで繋がれ、ゆっくりと川を渡る様子が、古代エジプトの厳かな儀式を現代に伝えています。[1] 夕暮れのナイル川を渡る3隻の船。最後尾の葬送船には、プロの「泣き女」たちや、フルートやハープを奏でる音楽家が同乗し、古代の葬列の音まで聞こえてきそうな臨場感です。[1]
技法と様式
画面全体を支配するのは、ナイルの夕日を映し出した鮮やかなオレンジと黄色。この色彩は、死者が「西岸」の冥界へと旅立つ、静寂と神聖な時間を象徴しています。[1]
背景と物語
1990年にサザビーズのオークションで突如再発見され、現在はケンタッキー州のスピード美術館に収蔵されています。1世紀の時を経て、再び人々の前に現れました。[1] ニューヨーク・ヘラルド紙の社主ジェームズ・ゴードン・ベネット・ジュニアが、当時としては高額な5000ドルで即座に購入。メディア王をも虜にする魅力がありました。[1] 1877年のパリ・サロンで大絶賛され、師匠ジェロームに匹敵すると評されました。この作品の成功により、ブリッジマンはオリエンタリズム画家の地位を不動のものにしました。[1] 1878年の万国博覧会に出品された後、この絵画はなんと100年以上も公の場から姿を消していました。まさに「歴史の闇」に埋もれていた幻の作品だったのです。[1] 1873年のエジプト旅行で、ブリッジマンはアブ・シンベルまで遡り300点ものスケッチを制作。この膨大な記録が、後に「傑作」と呼ばれる本作を生む基礎となりました。[1] エジプト学の権威ガストン・マスペロから助言を受けた可能性があり、ミイラの埋葬儀礼が驚くほど正確に再現されています。単なる想像画ではない、考古学的な裏付けが魅力です。[1]