Christ Leaving the Court
Gustave Doréこの作品について
描かれているもの
画面を埋め尽くす群衆の中で、唯一こちらを見つめているのは中央のキリストだけです。周囲が騒乱に包まれる中、鑑賞者と直接視線を合わせるその姿は、静かな威厳と、見る者を物語に引き込む強い力を放っています。[1] 本作が描くのは、判決から十字架を背負うまでの「空白の瞬間」です。1867年の夕食会で、この場面が過去に一度も描かれたことがないという話題が出たことから、ドレは即座に制作を決意しました。[1] 背景の神殿の柱や彫像は、ドレがロンドンの街を歩いている際に目にしたネオクラシック様式の教会や政治家の像から着想を得ています。聖書の物語に、当時のロンドンの風景が密かに組み込まれているのです。[1] 巨大な画面による歪みを防ぐため、ドレはあえて透視図法を統一していません。床の消失点はキリストの足元に、背景の建築の線は皇帝の像へと向かう二重構造になっており、世俗と宗教の対立を象徴しています。[1]
技法と様式
1998年から2003年にかけて行われた大規模な修復作業は、美術館の展示室内で「公開」された状態で行われました。来館者は、巨大な傑作が息を吹き返していく過程を、5年間にわたって目の当たりにしました。[1]
背景と物語
縦約6メートル、横約9メートルという圧倒的な規模を誇る本作は、ドレが「生涯の作」と見なした最大の宗教画です。あまりの巨大さに、かつて体育館だった400平米もの広大なアトリエで制作されました。[1] 19世紀末にアメリカ全土を巡回し大成功を収めた本作ですが、ロンドンに戻った後は倉庫に保管され、存在を完全に忘れ去られていました。1960年代に再発見されるまで、数十年にわたり眠り続けていたのです。[1] 当初、この絵は光に満ちた描写でしたが、友人の「この恐ろしい朝が晴れているはずがない」という助言を受け、ドレは空を暗く塗り直しました。その結果、救世主の威厳が悲劇的な朝の暗闇の中で際立つことになりました。[1] フランスで「挿絵画家」としてしか評価されないことに不満を抱いていたドレは、自らの絵画を展示するためにロンドンに「ドレ・ギャラリー」を設立しました。本作はそのギャラリーの目玉として熱狂的に迎えられました。[1]