
Artist
Claude Lorrain
作品(2)
年表
1600
1600年頃、独立公国だったロレーヌに生まれましたが、人生のほとんどをイタリアで過ごしました。19世紀以前は「ローマ派」の画家と見なされ、風景画を独立したジャンルとして確立させた先駆者です。1
1620
夜明けや夕暮れ時に屋外へ出かけ、自然を直接観察してスケッチする習慣がありました。現場で油彩の習作を行うこともあり、この徹底した写生が、彼の描く光や空気感のリアリティを支えています。1
1622
ローマで風景画家アゴスティーノ・タッシに弟子入りしました。一説には、菓子職人としてタッシの家に雇われ、料理人や召使いとして働くうちに、絵画の才能を見出され修行を始めたという逸話が残っています。1
1635
1630年代後半にはイタリア最高の風景画家としての地位を確立しました。教皇ウルバヌス8世やスペイン王フェリペ4世など、ヨーロッパ中の権力者から注文が殺到し、高額な報酬を得ていました。1
1636
自身の作品の偽造を防ぐため、完成した絵画を素描で記録した『リベル・ヴェリタティス(真実の書)』を作成しました。195点に及ぶこの記録集には、依頼主の名前も記されており、美術史上貴重な資料です。1
1670
晩年は痛風に苦しみながらも制作を続けました。活動後期の作品は、初期に比べて画面が大型化する一方で、描き込まれる人物の数は減り、より洗練された静謐な詩情を湛えるスタイルへと変化していきました。1
1682
1682年に亡くなる直前まで筆を執り、絶筆となったのは『シルヴィアの鹿を射るアスカニウス』でした。この作品は、彼の最も重要なパトロンの一人であったロレンツォ・オノフリオ・コロンナ王子のために描かれました。1