Menu
John Steuart Curry

Artist

John Steuart Curry

作品(2)

年表

1921

1921年から5年間、商業イラストレーターとして活動し、『サタデー・イブニング・ポスト』などの雑誌で挿絵を手掛けました。この経験が、物語性の高い彼の絵画スタイルの形成に寄与しています。1

1926

1926年にパリへ渡り、クールベやドーミエの写実主義を学ぶとともに、ティツィアーノやルーベンスの色彩技法を研究しました。これが後の躍動感あふれる筆致と豊かな色彩表現の源泉となりました。1

1929

彼の属したリージョナリズムは、産業革命による中央集権化への反抗でもありました。1929年の大恐慌後、広大な土地と自立した生活を描く作品は、資本主義の限界に対する一つの代替案として注目されました。1

Tornado Over Kansas
1932

リングリング・ブラザーズ・サーカスに同行して旅をした経験があり、その際に代表作の一つ『空飛ぶカドナス』を制作。空中ブランコ乗りの躍動する肉体と緊張感を、持ち前の動的なスタイルで描き出しました。1

1936

1936年、ウィスコンシン大学農学部の全米初のレジデンス・アーティストに就任。授業を受け持たず、農村地帯を旅して農民に芸術を教えるというユニークな立場で、地域の文化振興に貢献しました。1

ダストボウル(砂嵐)の惨状を目の当たりにし、環境保護の視点を持つようになります。土壌侵食などの生態学的災害を「警告」として描こうとしましたが、地元農民からは反発を買うこともありました。1

1937

カンザス州議会議事堂の壁画『悲劇的な前奏曲』は、過激な廃止論者ジョン・ブラウンを描いたことで激しい批判を浴びました。州議会が掲示を拒否したため、カリーは憤慨して作品への署名を拒否しました。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org