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Théodore Ralli

Artist

Théodore Ralli

作品(8)

年表

1852

1852年、コンスタンティノープルの裕福なギリシャ人商人の家に誕生。一族は19世紀に世界的な成功を収めたラリ家で、彼はその恵まれた背景を持ちつつも、芸術の道へと進みました。1

1871

芸術家になることに家族が反対したため、1871年に父が亡くなるまではロンドンで家業に従事。父の死後、ようやく自らの情熱に従い、パリへ渡って本格的に絵画を学び始めました。1

1873

パリの国立高等美術学校で、オリエンタリズムの巨匠ジャン=レオン・ジェロームに師事。ジェロームの最も優れた弟子の一人と称され、アカデミズムの厳格な技術を習得しました。1

1875

1875年にパリ・サロンに初入選。その後、フランス芸術家協会の会員となり、パリにアトリエを構えながら、ロンドンのロイヤル・アカデミーでも定期的に作品を発表し続けました。1

1885

1885年にギリシャの聖山アトスを訪れ、15日間で11以上の修道院を巡りました。この旅でビザンチン美術から深いインスピレーションを受け、後の宗教的な主題の作品に影響を与えました。1

1891

1891年から1904年にかけて、冬の間はエジプトのカイロにアトリエを構えて活動。現地の貴族に絵画を教える傍ら、詩人カヴァフィスとも親交を結び、オリエンタリズム作品の着想を得ました。1

1900

1900年のパリ万博では審査員を務め、1901年にはフランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与されるなど、存命中に国際的な高い評価を確立しました。1

The Booty
2007

死後一時は忘れ去られた存在でしたが、21世紀に入り再評価が急進。2007年には代表作『捕虜』が約1億5千万円で落札されるなど、市場価値がかつての10倍以上に高騰しています。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org