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Artist

Richard Dadd

作品(1)

年表

1837

1837年頃、ロイヤル・アカデミーで「ザ・クリーク」という若手芸術家集団を結成。ダッドはその中でも最も才能あるリーダーと目され、ヴィクトリア朝美術の将来を嘱望される存在でした。1

1842

1842年、トーマス・フィリップス卿の記録係として中東へ遠征。この旅で目にしたエジプトやトルコの風景は、後の彼の作品におけるオリエンタリズムや細密な描写スタイルの基礎となりました。1

ナイル川を航行中の1842年末、自身をエジプトの神オシリスの使者と信じ込む妄想に陥りました。この精神状態の劇的な変化が、その後の彼の人生と芸術活動を決定づける転機となりました。1

1843

1843年、実父を悪魔の化身と思い込み殺害。フランスへ逃亡するも逮捕され、精神異常と診断されてベスレム精神病院(ベッドラム)の犯罪者病棟に収容されるという悲劇的な事件を起こしました。1

1844

精神病院での生活は40年以上に及びましたが、医師たちの理解ある配慮により制作を継続。彼の代表作の多くは、外界から隔絶された病院の壁の中で、記憶と想像力を頼りに描かれました。1

1850

1850年代に制作された水彩画集『情熱を描くスケッチ』では、悲しみや嫉妬、狂気といった人間の感情を主題にしました。自身の内面と向き合うような鋭い観察眼が、小規模な画面に凝縮されています。1

1855

代表作『妖精のきこりの神技』は、1855年から9年の歳月をかけて描かれました。重なり合う草花や妖精たちが驚異的な密度で描き込まれており、未完ながらも彼の最高傑作とされています。1

1974

彼の死後、その特異な芸術性は再評価されました。特にクイーンのフレディ・マーキュリーは、ダッドの絵画にインスパイアされて『妖精のきこりの神技』という同名の楽曲を制作しています。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org