Artist
Richard Dadd
年表
1837
1837年頃、ロイヤル・アカデミーで「ザ・クリーク」という若手芸術家集団を結成。ダッドはその中でも最も才能あるリーダーと目され、ヴィクトリア朝美術の将来を嘱望される存在でした。1
1842
1843
1843年、実父を悪魔の化身と思い込み殺害。フランスへ逃亡するも逮捕され、精神異常と診断されてベスレム精神病院(ベッドラム)の犯罪者病棟に収容されるという悲劇的な事件を起こしました。1
1844
精神病院での生活は40年以上に及びましたが、医師たちの理解ある配慮により制作を継続。彼の代表作の多くは、外界から隔絶された病院の壁の中で、記憶と想像力を頼りに描かれました。1
1850
1850年代に制作された水彩画集『情熱を描くスケッチ』では、悲しみや嫉妬、狂気といった人間の感情を主題にしました。自身の内面と向き合うような鋭い観察眼が、小規模な画面に凝縮されています。1
1855
代表作『妖精のきこりの神技』は、1855年から9年の歳月をかけて描かれました。重なり合う草花や妖精たちが驚異的な密度で描き込まれており、未完ながらも彼の最高傑作とされています。1
1974
彼の死後、その特異な芸術性は再評価されました。特にクイーンのフレディ・マーキュリーは、ダッドの絵画にインスパイアされて『妖精のきこりの神技』という同名の楽曲を制作しています。1