Artist
Evening Prayer in the Sahara
1863
ギヨメは、ピコやバリアス、アベル・ド・ピュジョールといった巨匠たちに師事し、パリの国立高等美術学校で伝統的な絵画技法を学びました。1
1861年、ローマ賞の受賞を逃したことが転機となり、彼はイタリアではなく北アフリカのアルジェリアへと旅立つ決意をしました。1
最初のアルジェリア滞在中にマラリアに罹患し、ビスクラの軍病院で3ヶ月間の闘病生活を送った経験が、彼の作品に深みを与えました。1
1861年から1867年の間にアルジェリアを10回も訪れ、特に南部の砂漠地帯に住む人々の生活を深く愛し、描き続けました。1
代表作『サハラ』では、手前に横たわるラクダの死骸を描き、砂漠の静寂と生と死の対比を衝撃的なリアリティで表現しています。1
1878年には、フランス最高の勲章であるレジオン・ドヌール勲章を授与され、オリエンタリズム画家としての地位を確立しました。1
死の間際、彼は自らの希望でアトリエへと運ばれ、愛したオリエントのスケッチを最後に見つめながら息を引き取ったと伝えられています。1
彼の死については、愛人との争いの末に自ら銃を放ったというスキャンダラスな説が、当時のニューヨーク・タイムズ紙で報じられました。1
没後に出版された『アルジェリアの情景』は、彼が描いた数多くのスケッチや版画を収めた、北アフリカ記録の集大成といえる一冊です。1