Artist
André Devambez
年表
彫刻師の父エドゥアールは、パリのパッサージュ・デ・パノラマに有名な出版社「メゾン・ドヴァンベズ」を設立しました。アンドレはこの芸術的な環境で育ち、幼い頃から画家を志しました。1
1890年に「ペテロの否認」でローマ賞を受賞し、5年間イタリアのヴィラ・メディチで学びました。この時期、自らカメラを購入し、ポーズをとって制作の参考にするなど、新しい技術も取り入れました。1
画家としてだけでなく挿絵画家としても多才で、エミール・ゾラの小説や子供向けの本にユーモア溢れるイラストを寄せました。彼の作品は、日常の何気ない光景を奇抜で楽しいものへと変貌させます。1
代表作『突撃』は、警官隊とストライキ参加者の衝突を上空から描いた劇的な作品です。皮肉なことに、労働者に同情的だった彼のこの絵は、後に弾圧を指揮した警視総監の執務室に飾られました。1
ウィーンのフランス大使館のために、地下鉄や飛行機など「現代の象徴」を描いた12枚のパネルを制作しました。スキャンダルで設置が遅れましたが、1993年にようやく本来の場所に飾られました。1
第一次世界大戦では、志願して最前線の迷彩部隊に参加しました。1915年に砲弾の破片で足と左目に重傷を負いましたが、その過酷な経験をもとに、戦争の悲惨さを伝える版画集を出版しました。1
1929年からエコール・デ・ボザールの教授を務め、歴史上初めて女子学生にアトリエを開放しました。伝統を重んじつつも、教育の門戸を広げた彼の姿勢は、当時の美術界に大きな影響を与えました。1
航空機への強い関心から、1934年に初代「航空省公式画家」に任命されました。雲の上を飛ぶ複葉機を真上から捉えた作品など、当時の最新技術を幻想的かつ写実的に描き出しました。1
1937年のパリ万博では、エッフェル塔の第2展望台から会場を見下ろす壮大なパノラマ画を制作しました。万博の公式色である「青」を多用し、近代都市の祝祭感を見事に表現しています。1