Artist
Róbert Berény
年表
1904年、17歳でティヴァダル・ゼンプレーニに師事した後、パリのアカデミー・ジュリアンへ留学。セザンヌやフォーヴィスムの影響を受け、現地のサロン・ドートンヌにも出品しました。1
前衛芸術集団「八人組(ア・ニョルツァク)」の一員として、ハンガリーにキュビスムや表現主義を導入。フランスで学んだ最新の芸術潮流を自国へ持ち帰り、モダニズムの先駆者となりました。1
1913年に作曲家バルトーク・ベーラの肖像画を制作。当時のハンガリーにおける音楽や文学の急進的な知的潮流とも深く関わり、芸術の枠を超えた交流を持っていました。1
1919年のハンガリー民主共和国では芸術局の絵画部門責任者を務めました。しかし共和国崩壊後、多くの知識人と共にベルリンへ亡命。1926年に帰国するまで異郷で活動を続けました。1
1934年からはハンガリー北部のドナウ・ベンドに近いゼベゲーニを拠点に活動。1936年にはシニェイ賞を受賞するなど、国内の画壇で確固たる地位を築いていきました。1
第二次世界大戦の最終年、空襲によってアトリエが破壊され、多くの作品が失われるという悲劇に見舞われました。戦後はハンガリー美術大学の教授として後進の育成に尽力しました。1
戦後の共産主義政権下では、現在のハンガリー美術大学で教授職に就きました。激動の時代を生き抜き、1953年に亡くなるまで、ハンガリーの美術教育と近代化に貢献しました。1
2009年、行方不明だった作品『黒い花瓶を持つ眠る女』が映画『スチュアート・リトル』の背景に映っているのを美術史家が発見。小道具として安価に買われていた名画が奇跡的に再発見されました。1
2014年、映画内で発見された作品がブダペストのオークションにかけられ、約23万ユーロで落札。この事件は世界的なニュースとなり、彼の名を再び広めるきっかけとなりました。1