
Artist
Howard Pyle
年表
1853年、デラウェア州ウィルミントンに誕生。熱心な読書家だった母親の勧めで芸術の道を志し、フィラデルフィアのスタジオで3年間にわたり絵画の基礎を学びました。これが彼の唯一の本格的な美術教育となりました。1
1876年にバージニア州のチンコティーグ島を訪れた際、その風景に触発されて執筆・挿絵を担当した記事が雑誌に採用されました。これを機にプロのイラストレーターを目指してニューヨークへと拠点を移します。1
1883年に出版された『ロビン・フッドの愉快な冒険』は、中世の伝説を子供向けに再構成した傑作です。ウィリアム・モリスら批評家から国際的な称賛を浴び、現在も増刷され続けるロングセラーとなりました。1
1889年、ジャマイカ旅行中に息子のセラーズを急病で亡くしました。この悲劇的な喪失体験は、死をテーマにした児童書『月を背にした庭』の執筆に繋がり、亡き息子への献辞が記されています。1
1891年の小説『鉄の男』は、騎士道を目指す若者の成長を描いた冒険譚です。この作品は1954年にトニー・カーティス主演で『フォルワースの黒い盾』として映画化され、広く親しまれました。1
1894年からドレクセル研究所で挿絵を教え始め、マックスフィールド・パリッシュやジェシー・ウィルコックス・スミスら、後に黄金時代を築く著名なイラストレーターたちを数多く育成しました。1
1900年に自身の美術学校を設立。彼の教えは「ブランデーワイン派」と呼ばれる一大潮流を生み出し、N・C・ワイエスをはじめとするアメリカ挿絵黄金期の画家たちに多大な影響を与えました。1
1903年頃から壁画制作に情熱を注ぎ始めました。デラウェア美術館や裁判所のために、歴史的な場面を題材とした壮大な壁画を数多く手がけ、イラストレーションの枠を超えた活動を展開しました。1
1910年、壁画の研究と巨匠たちの技法を学ぶためイタリアのフィレンツェへ渡りました。しかし、体調不良と鬱症状に悩まされ、翌1911年に腎臓感染症のため58歳でこの世を去りました。1